ぼく達はみな 光線の悲しみ <を> 忘れて 笑ったり、戯れたり、時には泣いたりなんかして いつもの日々を過ごしているが ある穏やかな時のあわい 何とはなしに ふっ と、 静かに光線が降り注ぐ 孤絶の平原に佇んでいたりする そして私は 静々と進んでゆく 私一人の葬送を はっきりと理解した
貴女の編んでくれたセーターが綻び 貴女はもういない 私は 生命は強く 貴女は 生命ははかない 逆さまであっても何の不思議もない夜空に 無数の流星が降り注ぐ いつ果てるとも知れないきらめきの刹那 広大な無生物の静寂に息詰る 私の涙であるのか 貴女の激励なんでしょうか 私たち有機物の絶望のうめきに 無音がささやく 神 って、いるのですか 未明の地平に 訳もわからぬ 生命は許されている
ずぶ濡れの悲しみの中で ぼくは 生ある人は問わなければならない 悲しみのほかに残すはずのものを 見ず知らずの同じセレモニーの隣で 人間という同一の わずかな即物的なケムに入り混じって立ち昇っていった代わりに のどやかな空の奥の 頼りない拡散の果てに 必ず結晶してくるもの 人ハソウイウフウニシテ死ヌンダ という 君の、不在の、物質の そう ぼくの公理を
生きても 生きても 答えはわからず その間に 一人逝き 二人逝き 妙な処へ来ちまった 風景は 少しづつ変わり 気付かないままに 昔の写真とは随分な様変わりだ 頬骨を違和がかすめ 誰もが口を閉ざしたまま ハンケチで拭おうともせず 私達は片隅で年老い 風景ばかりが若返る もう生きていない不思議なあなた達よ 笑顔のまま軽快にピンナップされて 静止したまま何を黙しているのだろう 生きている私は 生煮えの疑問をだらしなく喰らい すっかり腹がぶよぶよになって 自分が 重い
小石に蹴躓くと 世界はいっせいに平坦になった 目まぐるしい人間活動の 騒音は平らかに吸収され 人の生き死にの小さな凸凹の陰影だけが残る 立ち止まることの多くなった頭蓋の 振り返る目玉に 真っ赤な夕焼けが殺到して 朱黒の内に昏倒してゆく まるで習わなかったお題目のように 生きるって、なんなんだ 生きるって、なんなんだ つぶやきながら ほんとうは叫びたいくらいに ぶつぶつと くっきりとした凸凹の輪郭を埋めてゆく* 朱黒は私的語
ナンがあったって 生きていかなばならんちゃろ 生きものだから だから君よ あんまり人間になるな 不完全な人間なら 大丈夫 手足や筋肉が 内臓や抹消の神経も なべての生物のスケジュールに沿って 多くも少なくもなく 勝手に生きようとしてくれるのだから だからナンがあったって
千の陽射しに汗ばんで 時の流れに身を浸す 遥かな雲を追いかけて 腕まくりした白いワイシャツが 袖を広げて流れてゆく なあ〜に、心配は要らない 左程遠くない瀬だまりの枝にでも引っかかっているだろう 虫でも鳥でも、獣でもないぼくは いずれ拾いに出なければならないだろうが いまはただ ぼく達の雲母に抱かれ 広大な空の乳房を吸へ
夜になると 空には 星が輝いています そして真昼間にも 夜空と同じくらいの数の星々が 四方八方 息詰るくらいに ぼく達の足元を浮遊させて 際限なく瞬いているはずであるのが 真実なのです 祖先たちが そのように宇宙に取り巻かれ 星々をつなぐようにして 神を感じたのかもしれない ぼく達が それだけが唯一の現実であると信じる 日々にまみれて霞んでしまった地上の 遥かな 確固とした彼方で
本当に困った人を目の前にすると 人というのは 否も応もなく 助けてしまうものなんだ でも、ずっと遠かったり 少しでも離れていたりすると 一番近くの者がやればいいと 関係の見取り図を広げて自他を説得でき 眉をしかめながら平気でいられる だから困った人の周りには 競って人がいなくなり 世界は麻疹状に夥しい困窮に溢れ その者らの漆黒の視線に遭遇しないように 我も彼も、人々は横を向いて歩いている そうして帰宅後の暗い部屋の中で 正面を向き直り スクリーンの美談を じっと見つめるのだ
憎悪の銀膜に裏塗りされた巨大な鏡の中で 拳を固めた正義が叫んでいる 鏡は割られねばならない 飛散した無数のガラス片が 世界中の放心した心に突き刺さる 鋭く尖った一枚一枚の不定形な鏡の小片の中に 否応なく映し込まれた己が表情を覗き込む 訳もない民族の憎しみにテラテラと照り返されて 薄く透明なガラスの角口から 大量の赤い血が流れ出ている
ビルヂィングス、ビルディング 大量の人間を内包して聳えていたから ビルヂィングス、ビルディング 大勢の人間を内蔵したヒコーキに突っ込まれて 9.11 崩れてしまったんだね、お前は たくさんの生きたヒトガタが まるで種もみでも撒くように ばらばらと 雨垂れになって落ちる破片と 舞い上がる粉塵と一緒くたになって 爆圧する塵煙の中に消えてった 黒いケムが世界を覆って 地球の裏側も瓦礫になった たくさんの悲鳴が埋もれっぱなしのまま ぼく達の貌はまっくろ 目ン玉だけが暗い油でテラテラ 行方知れずのナショナリズムに燃えている* 爆圧は私的語
お願いだから ほんの少しのささやかな ひかりの愛を ぼく達がなくしてしまった 心のビーズ玉に 太陽を反射する 水底に沈んだガラス片のように 人々の活動にすっかり忘られた せめて打ち捨てられた思い出の渚に 母の海よ いつもそこに打ち寄せていてください
遠くの時が崩れ 未来が濁流している 現在の排水溝は土石に埋もれ 私を繋ぐものは何もない 身動きの取れない膨大な堆積土の表層で 思いもよらない新しい地勢が拡がり 方途を失う
ぼく達は 時代の空気に溶ける 酸素を吸って生育している 時代の空気が 力の身勝手な不正に汚れて 暴力の重油が世界に流れ出しても ぼく達の生の被膜は ガス交換を止める訳にはいかない 黒い浸透圧が 増せば増すほど 肺胞は代謝を盛んにし ぼく達が誕まれた時には付与されていたはずの 個の無垢の清浄を 解毒しなければならないのだ そして思い出せ ぼくが人間であることを そして思い出せ 彼も人間であることを
ヒヨコがね チャイムが鳴ったら ヒョコっと跳んだら お外で遊ぼ スコットランド コソボで 紙風船がさ 泣いとるのは ガサッと鳴った 誰じゃ どこで? カンボジヤの ガザで 赤んぼじゃ ルワンダちゃん ソマリヤのお客さんが スイカはベランダで お泊りや 割るんだって そりゃまあたいへん アフガンで イラクのバザール アホがミスったん? 気楽なおっ買い物 誰が責めを これ、いくら? カブール? えらく高〜い 世界中に悲惨がまるで スクラップのように無造作に転がり 幸と不幸の巨大なアンバランスが 日常の粗末な生垣に沿うしか術のない 膨大な見えない個々の裏庭で ひっそりと耐えられている 進歩した人類の表皮と 恐ろしく惨めなアンコとの落差に 落胆してしまわないために 認識の暗澹を蹴飛ばして ぼく達は笑わなければならない なぜなら 世界中の悲惨を全部かき集めたよりも もっとたくさんの遥かな星々が 青い地球を取り巻いて 唯一の現実を演じる我々に 片時も忘れず瞬きかけているのだから
パンパを渡ってゆく風は 姿が見える 長いヴェールをなびかせたネットを広げて 地上のぼくらを捕まえようとする でも網は透明 頬の高台に心地よい思い出を残して 時のすき間をゆったりと透過してゆく でもぼくの心がパンパであったのはもう昔の話 今はごたごたした人造物が林立して 広い風は 渡れず 垂直に吹き上げられて 生活界面活性剤で泡立つ模造パンパに 急旋回に落ちる
さみしい人が 暁の野原に立っている 喪ったものを捜すように 盲いた目で 空を見ている やがて陽が昇り 1日が始まろうというのに 生きている重みをなくしてぶら下がった手は 見えない虚空をまさぐっている
死に向かう人の背中に 言葉は届かない ただ ベッドの上の 縮小された裸形の生の輪郭を 盲目に撫でさする手の温もりだけが その人を振り向かせることが出来る その時 その人の眼に 安らかな涙が流れただろう その時 その人の頬は 無念の微笑を浮かべただろう
さみしい道を ひとりぽっちで歩いてゆく人がいる ― ほんとはさみしがり屋のくせに ハンミョウを一匹 家来につけて 靴の先にはうっすらと土埃がたまり ― そんなに長く来た訳でもないのに 靴の踵は踏んづけられたまま ― ずっと気になっていたのに さあ祭りだ ハンミョウが導く、ひととびワッショイ 冥土の旅路を さあ祭りだ、ふたとびワッショイ
いくつも嵐が吹きました いつか又、嵐がやって来るでしょう でも今は青空 吹き寄せられた木の葉はそっとしまって きっぱり 空を見上げて見ましょう 残された裸の枝のすき間から 鳥達のさえずりが聞こえるでしょう 落ちた枝や いなくなった仲間もいるでしょう でも小鳥達はそんな事はおかまいなし 自然はとても残酷で だからこそ美しい朝の光を浴びるのに忙しい 鳥も草木も ・・・・・
重力が重たいから ぼくはもう ヒリヒリする地べたにしゃがみ込んで じっと動かないでいよう 新しい橋を駆けて行って 向こう岸の丘の上から 抱き合った街の灯を眺めるのは もういいよ 街は彼らの街 ぼくの場所は塞がれてしまった しょうがないよね 他でもない老いを嫌ったアメリカ好みのぼく達が築いた街だもの 昔、よく解りもしないで人間疎外なんて言ったよね 俺達の親父やお袋は二重に疎外されてるって訳だ 可哀相な日本人 文化のへその緒をどんどん無くして サイズの合わないグローバルを無邪気に羽織って 青い鳥は探してはいけなかった ずっとしゃがみ込んで ありんぼと遊んでいればよかった
マユ 脱ごう あっという間に美しい季節は過ぎ 次の巡りはもう ぼく達のものではない だからと言って 履き慣れた習慣や 使い慣れた思考を 簡単に捨ててしまう訳にもいかないのだが 近代飼育場で 固有に身構えたぼく達生物の行く末は 恐ろしいぐらい同一だ だから マユ 腐体の因数分解に従って 一枚、一枚 身に纏ったきらびやかな偏見を脱ぎ捨て 生物の自由さで 終末へのたうって行こう
今日の陽だまりの中で 君がいて ぼくがいて、そして 樹木のような 大気のような 少しの微笑があればそれで いいじゃないか 君が何を考え ぼくが何を悩み 互いの根っこの毛根が繋がらなくても ぼく達は個体を超えた 懐かしい同一の微笑を 原生の水面に 水草のように浮かべることが出来る 今にちの世界の水底から 沈められた悲惨が透けてくるにしても 世界中で赤ん坊は 片隅のあなたの水面に映った 小さな微笑みに微笑んでいる
ああ おれ それ たしか おれ ちゅうねん ポカ 信じれるものが無くなちゃった 穴あき交差点で せっせと死者を埋葬して 忙しいスクランブル EYE怒リングの止まない スピードの谷間を 今、信号が変わろうとして 向こう岸から新しい人が押し寄せてくる ああ おれ それ 死者も おれも 時代のローラーに轢かれて ああ おれ それ 平ぺったくなったロータリー広場で やけに 明るく やけに 孤独