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Part4
セクスアリス2
1. 僕たちの出会い    *** 赤色 は自選、クリックで開きます。(開かない時は▲をクリック)
1人の男であるぼくが
1人の女と出会い
肉の壁にぶつかった
微笑む壁面に
ちびたチョークで線を引き
搾り出したチューブのなけなしの絵の具で色をつける
ぼくたちの戯れが一枚ずつ脱ぎ捨てられ
彼女は次第に
にんげんの形に輝いてくる

2. 出会い2


ぼくが転がした空っぽのボトルを
君の手が拾い上げ
しなやかな指に愛撫されて
傷だらけの表面がなめらかになる
ぼく達の真ん中に立てられたビンに
君が半分満たし
ぼくが半分満たし
無色の液体がにわかに色ずく
光を
もう
乱反射しなくていいんだ
君の柔らかなカーブに映されている
かすれていた風景が
目の前で
ふくらんでくる

3. うきうき


君のことを想うと
うきうき
ブルーの弧海に
あぶくが
浮き浮き
べったり凪いだ都会の上澄む平面に
はじけて
戯れちゃおう
べとつく油膜にからまれながら
ぼく達の空っぽのビンの中に
太洋を飛んで行く二羽の小鳥を目撃しよう
たった一つの飛跡を瞼にとどめて
もしかしてぼく達に可能な唯一の巣
平坦な都市の根に
繋がりあうマリモになって
深く、深く
沈んでゆこう

4. パンを焼こうよ


たった一人の女(きみ)に
世界を摘まみ食いしたぼくの言葉のすべてを捧げようよ
たった一人の女(きみ)に
ぼくが齧った時屑の愛しさの全部を皿に盛ろうよ
ねえ
パンを焼こうよ
たった一人の男(ぼく)と
膨らし粉をたっぷり入れてさ
鉄製のオーブンをはみ出す
でっかいやつをさ
ぼくたちのフヘン通貨を宇宙に投げ上げ
核戦争になんか負けない
丈夫な人類を
うじゃ うじゃ
産んじゃおうよ

5. 愛する人よ


愛する人よ
窓ガラスにろ過された朝の光の食卓で
コーヒーカップの中で温められた小さな鈴を
ティースプーンで所在なく転がす君の笑顔が
スープ皿の表面に浮かんでしまう
ぼくの片方の目にはミルクがたまり
ぼくたちの視界には遠近がない
明るく乾いた石をひっくり返せば
水気を含んだ黒土に危険な菌糸が静脈を浮かし
ぼく達が名付けようともしなかった虫が這い出してくるはずだ

愛する人よ
ガラス器に飾られた花々の一本が切り取られるため
背光する無数の毛根がどれほど土中をまさぐらなければならなかったろう
優しい大気に色づく決り文句の措辞のつぎはぎに
ぼくたちが見失った厚みの奥深く
沈んで見えなくなった鈴の音に
ぼくたちは
共に耳を傾けることは出来ないか?

6. セックスが取り持つ縁のあなた


セックスが取り持つ縁のあなた
ぼくはあなたのフリルのついた匂う街からスリップしたい
そんなぼくを”いくじなし”と、あなたは言う

でもぼくは夜明けの朝もやの中を
恋の蒸気を吐いて
始発列車を走らせたいんだ
ぼくとあなたがポイントされるレールの上を

”満載の精液が垂れ流れているじゃない”って
あなたは言うの?
肉体の悲しい野草を摘んでいるんだよ

いつかぼくたちがギラギラする指をしゃぶって
裏通りの定食屋でレバニラ炒めを食べていた時
カウンターの隅で
顎の肉からネクタイを吊るした男が言ったっけね

”男と女がくっつくのは結局これだよ”ってね
中指と人差し指の間から勃起した親指が笑い
脂だらけの平皿の上で
ぼくはレバーになってのたうち
あなたはニラになって身を捩ってしまった

どうしてぼくたちはいつも
寒々としたアパートの一室の交尾から
砂だらけの荒野へと出発してしまうのだろう

セックスが取り持つ縁のあなた
ぼくはあなたと草原で出会いたかった
そんなぼくを”青臭い精液の匂いがする”って
あなたは言うの?

7. 潜水歌


流線がたゆたっているのに
心はこんなに冷え冷えとして
海の底?
冷え性なんだね
青い水ガラスがねっとり詰まった
理科室の標本みたい
プレパラートに貼り付けられた輪切りの根茎
染色もされてたっけね
紫に血をすりおろしたみたいな
どうしていつも白い服を着ているの?
赤い海藻が揺らめいているのに
堅いシェルが邪魔なら
しみ出る液に触れっこしようよ
もぐりこんで
二人で皮膚を脱ぎっこしようよ
お願いだから泥をかき回さないで
ヘドロに驚いて
単純な魚達が逃げて行ってしまうよ
ぶくぶくと上ってゆく泡を追っかけて
ぼくたち
澄んだ大気に首を出してみたいなあ
高原には今でも
人知れず黄色い花が咲いていると思うよ
冷い水塊を潜り抜けて
きっとぼくらにも熱い眼差しが出来ると思うよ

8. 予兆


木の葉が舞い降りたのかもしれない
君は葉表の輝きを覗き込み
ぼくは葉裏の葉脈を透かし見た
秋というには早すぎたが
微かに風が吹いたのだった
ちょうど光がわずかに力を無くしたように
ただ
まだ豊かな茂みの合間に
ますます透き通ってゆく空を見つめていたのだった


落書きボトル
1. マザー


20世紀後半の都会で
人間は貧しく
物質は豊かだった

だぶついた肉を揺さぶり マザー!
あなたの麻痺した胸にいだかれて
虹色に怪しく光る油の雨を浴びながら
始終カン高い鼻歌まじりで踊るあなたの
収縮するおびただしい毛穴に
びっちりとぼく達が住まい
あなたを飾る溢れかえる装身具の隙間から
旺盛なあなたの新陳代謝で
物質がぼろぼろ誕まれ
めくれてしまうぼく達のめくれる日々がめくれて
ふけのように剥離してゆくのです

2. DPE屋さん


誰かこの町に
DPE屋さんを御存知ないですか?

あなたの網膜に映った
逆さまのままのあなたのネガを
無修正のまま現像いたします

あなたもすっかり忘れた
感光した日々に置き去りにされた
あなたの笑顔を
輝く瞬間を焼き付けいたします

あなたの記憶のアルバムに
日付を打たれて変色してしまった
たった一枚の幻想を
当時のままの鮮やかさでお引き伸ばし致します

そんな広告の看板がかかった
DPE屋さんを
誰かこの町に御存知ないですか?

3. 夢屋


暗い夜路を
星を集めて歩く
わたしは夢屋でございます

あまりの星の貧しさに
悲しくなってまいります

流した涙の一粒の方が
手のひらに映して集めた星々よりも美しいなんて

昼間あんなに賑わった町の夜空は
貧相な星が震えています

腹をへらした籠をしょって
照明された街角を
ガラクタ集めて彷徨う
わたしは夢屋でございます

4. 15Fのかいこ


都会のとある郊外の
蚕棚のかいこです
窓から見える桑畑には
物質がびっしり茂っています
口からプップッと吐き出す糸は
純ポリエステルの銀糸の繭です
継ぎ目がないのが自慢です
妻がせっせと紡ぎます
製品ムラはありません
朝一度にどっと出荷されます
他人の畑を掻き分けて
空っぽになって帰ってきます
都会に並ある郊外の
15Fのかいこです
ドアの色は黄色です

5. 言葉のチリ紙


八百屋の店先に
雷魚が吊るされていた
だが誰も気づかずに野菜が商われていた
あるいは気づいていたのかもしれないが
誰もが
言葉を節約していた



先月はビリリと引き裂いたっけ
と想いながら
チリチリとカレンダーを剥がす
1ト月が丸めて捨てられ
新しい空白が
また
壁に吊るされる



5月の汚れた風の中で
子供達が遊ぶ
傾いた車椅子のまわりで
縮んだ老人に石をぶつけながら



5月の汚れた風の中を
水を得た魚のように
煌くエナメル質が
晴れやかに繁殖してゆく

6. 月が嗤っている


月が嗤っている
青い空を見透かして
ぽっかり
白い月が笑っている

太陽を見失った無闇なぼくらを
無邪気に残虐な幼児のような人類を
くしゃくしゃな心で夜泣きする子供達を

むずがる地球をあやすために
宇宙は
毎夜 星さえ降らしているのだが

7. 枯ら枯ら


無重力では背が数センチ伸びるという
じゃあ体重は?
宇宙では重さはないのです
身体は大きくなっていくのに重量は消えてゆく
地球に誕れたはずなのに
ここは一体どこだろう?
無重力実験室?
生体は長くは耐えられません
地球よぼくを引っ張ってくれ
強力な引力で

かさばる核を支えるので精一杯
人間を引っ張る余裕なんかないのです
引力偏在
物質 生き生き
引力偏在
人間 枯ら枯ら

8. ガマの道理


水銀灯のにじむ街路を
ど真ん中で
漬物石のように
ガマがどっかり腰を据えている。

「おまえなあ、ここいら一体、もうとっくの昔に、 お前ら旧態依然が住む所なんぞじゃなくなっているんだぞ、そんな風にぐずぐずしていると、 すぐにも現代のスピードにペシャンコにされてしまうんだぞ。」

と言っても動じる風もなく訳もなく、
しょうがなく、ぶよぶよ旧態依然を両手先でひっつまんで、脇の方へ放り投げてやると ガマの道理、やけにペッタンコの白い腹を無遠慮にむき出しにして、あっさり仰向けに 転がると、どこにそんな敏捷を隠していたのやら、役にも立たない突起のような手足を ばたつかせ、白い腹を二三度ねじるとくるり向き直り、今までの慌てふためき様どこ 吹く風、へじり、へじり、コンクリートの縁石をよじ登り、ブロック塀の下穴の向こう 側へ転げ消えるカン間際、グリいぼのような眼ん玉ギョロリ剥いて、
「ふん、余計なお世話だ」

「旧態依然め、何の挨拶もなく」
と、ちど輪速の俺の背後から、ずらずら並んだ現代のスピードが戯れに、酩酊したひと の頭をポカポカやりながら、幾つも幾つも駆け抜けてゆく。


9. ゆらめらズンズン


真っ暗な中で火をつけたいなあ
ゆらゆら ゆらゆら
マッチ一本でめらめら燃え上がるやつを
ゆらめら ゆらめら
おら 火がたきつけるよ
めらめら めらめら
誰か 星をぶっ叩いてリズムをとれよ
ズカズカ ズンズン
真っ黒な影になって踊ろうぜ
ズンズン ズカズカ
夜露に濡れた服なんかみんな燃やしちまって
ズカズカ ズカズカ
燃えて灰になっちまおうぜ
ズンズカ ズカカカ
真っ黒で裸で影になって踊ろうぜ
めらゆら ゆらめら


底引きスクラッチ
1. 草原の風


人類が駆けていた
草原よ 教えてくれ
街を歩行する固有名詞に区分されたこのぼくに
風の音を聞きながら
風のようにぼくは生きたい

アスファルトの舗石が吸い付き
足裏を重くする
眼差しは空を探しているが
いつも街角にぶつかってしまう

どうしたら風の音が聞こえるだろう?
地球の裏側で
パンパを渡ってゆく風の音を

街で汚れた看板にぶつかり
街で汚れた雑踏を彷徨う耳に
どうしたら水ガラスに隔てられた街角の向こうに吹く
あの偏西風の音を聞くことが出来るだろう?

どうしたら街にとらわれたぼく達の日々の産毛を
太洋をおおどかに渡る
海風にはためかすことが出来るだろう?

2. 籠のオウム


黙された夜空に
オウムの鳴きまねが達者な
オウムの籠が吊るされ
籠の中でオウムが歌い
うわのそらで夜空は黙し

逆さにぶら下がった籠のオウムは
オウムの鳴きまねを真似あげ
沈黙はぶ厚く
ふと、オウムは
オウムの鳴き声を忘れて首を傾げ
ひっそりとした地上に
無数の卵子が
ひしゃげた沈黙に踏みにじられて
奇妙に虚しく
液漿を夜光虫のように光らせているのを見て
奇異に思った

3. 精神と肉体


思い出さないか?
やけに乾いた明るい夏の真昼
麦わら帽子がしゃがんだ足元
幼さの残虐が形づくった光景
切断された尻を
アメのような液体の細い糸でつないで
離れない己の一部を引きずって喘ぐアリの姿体

幼児は成人して
幼い日の光景などすっかり忘れてしまったが
いま、精神と肉体は縊れ
透明な糸引く精液の先端に
暗い穴の開いた剥き身の肉体を引きずり
美しい霧の街道を
無邪気さを置き去りにして
緑に扮した精神は歩もうとする

4. 穴の開いたコート


街角を曲がるたびに
俺はズボンの両のポケットをまさぐり
手の平の中で人生を転がした
いつでも青空に投げ上げるつもりで

口笛を吹きながら何度も賭けようとしたんだが
指で弾くコインはいつも見つからなかった
ポケットの底に穴が開いているんだ

もうずっと前から繕おうと思いながら
両替された小銭がボロボロこぼれてゆく
俺のふところはいつも貧しく
一張羅のコートはもうヨレヨレだ

曇りガラスが浮き立つ
光が消えた夕暮れの部屋で
出がけに羽織る快活なコートは吊るされ
俺は一枚の影になる

5. 影


土手っぷちに寝転がっていたかった
影を捨ててく高速路の傍で
いつまでも
自分の影に肘をくっつけながら

ぼくたち
直進する道路をゆっくり
よぎってゆく雲を
青空の中に眺めていたっけ

空はいつも空虚だったが
時折大きな雲の影がぼく達をすっぽり包み
何かが可能な胸騒ぎもした

だが時は同一に崩れ
宿りを求めなければならなかったから
遅い足取りで
撒き散らされたガスを吸い
間延びした影で街を目指した

ぼく達が歩むと
雲はちぎれて逃げ
ぼく達が振り向くと
足元から時が崩れた

黄昏の傾きに輪郭が流出してゆく
ぼく達は同じ顔付きをして
ビルの陰に紛れこむ

街々は明るく
それぞれの都会に融けたぼく達の笑いは華やいでいたが
人工光源に照らされた三重にひしめく影は
寂しく方位を失った

6. 樹木の生理


瞼を閉じ
樹木が立つ
熟した秋陽を斜めに受け
反照する金色
燃え上がる枝葉
充溢した静止が流れる
微かに
白いヴェールの風が纏いつき
滲み出る透明な体液をさらってゆく
樹木はじっと耐えている
哀しみという訳ではなく
それは樹木の生理なのだ

7. もう一本タバコを吸っちゃあいけないかい


もう一本タバコを吸っちゃあいけないかい
何の益にもならない燃焼の
くゆりゆく歴然とした紫煙に
消えてゆく
人間の悲哀を感じてしまうんだ
だから爪の先程の灯し火を
もう一回着火してくれないか
お望みなら
紫の輪っかをポッポッと作って見せもしようよ
新しい朝が開ければ
いずれ掃き清められてしまうプラットホームの
捻じ折れた吸殻のように
一晩の夜闇を吸って
どっぷり
横たわっていてもいいんだ

8. 秋、夜長


夜の長い夜、秋、夜長に
寝付かれぬ夜、夜にしんとまた
幾日かの煮置きした煮物、冷えた鍋、汁ごとに
あさる箸先、先ふるえ、滞る
ひとり酒すする、白い湯気、たまゆら
ひとり暮らす皺がれた手が
この都会に何本あるのだろうこの俺の背後にこの時
牛の額ほどの脳髄の明るみに
煮汁の味、味気なくたゆたい
唾液を垂らした咀嚼のように己の来し方を反芻しながら
望んだようでくるまれたぼろ着だぶだぶの
しょぼくれた無数の月がデコラに映っている満月の夜に
慣れた手つきの日常だが
異様な日常ではないかこれは現代

9. 記号の槌音


多くのものが
一つ一つ廃棄され
ぼくは愛することさえ捨ててしまった
あがなう為に
風景は宙吊りの沸騰に沸き立ち
空を満たす
新たな記号の槌音に
空白の無形式が共鳴する
すみずみまでプログラムせよ

切り取られた窓には
傷ついた視線の痕跡が焼き付いていたが
眺められた青空の
何と美しかったことか

脂肪が血管を塞ぎ
膨らんでゆく風景に窓は埋没して
残された一つの窪みに
零れたミルクが行き場を失って溜まる
おお、このミルク溜まり

10. 価値の流出


崩壊しかけた断崖をささえる
使い古しの割り箸と
危うい砂利の積み石
すっかり錆び付いてしまった観念の針金
時代が与えたつっかい棒は腐食した
価値の土砂が流出し
傾き、倒れる
壁が
柱が
空間が
内部が
いっそ泥のマットに沈んでしまいたい
無意味な快感にぬかるみながら
新しい夜明けに星は無く
またしても冷たい観念の雨が降る
虹色のふち飾りをつけた鉛色の油膜に
倒壊しかけた家屋が映っている
星を見なくなったのはもういつの頃からか
応急修理はきかない
風よなびけ
生存を肯定する
しなやかな支えが必要だ
発芽するもやしのつややかさに満ちた
秘めやかな二枚葉の愛情が必要だ

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