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Part5
スロークウィック
1. 蛇花火    *** 赤色 は自選、クリックで開きます。(開かない時は▲をクリック)
赤い
毛糸玉が
ころころ
ころがってゆき
ほぐれながら
くしゃっとつぶれる

もつれあう毛根
毛むくじゃらの
線が
にゅっと突き出
無地の背景を
にゅるにゅると伸びてゆく
無意識の脊柱

辿れない螺旋が
闇の中を
怪しい光を放ちながら
キラリ、キラリ
回転している
一瞬
四散する星屑
色とりどりの跡形もない擦過
ヘドロのような沈黙

背を丸めた
湿ったマッチのひたすらな着火
薄っぺらな
渦巻き円盤が三個飛び出
白痴のような穴から
形の崩れた不消化物が
蛇花火の付随筋のように噴き出し
コルクのような体積が
暗黙に了解された管の中を
フワフワと埋めてゆく

2. 木枯らしよ 吹きぬけよ


木枯らしよ 吹きぬけよ
青空の最奥の部屋まで
風景の小窓の掛け金を外し
取り澄まされた羽目板ガラスをクルクル回転させて
置き去りにされた
所在なげに垂れ下がるレースのカーテンを
洗いざらしの白さでなびかせろよ
やにくさい呼気に汚されていない外気の中を
止めどなく青空に流出してゆく刹那の眩暈を
凍結して
到来する冬の裂け目に
覗かれる春の通路を冷蔵しろよ

3. 風景の背肉


とにかく
生きていかなければならない
生きているのだから
だから草木に驚いてしまうのだ
どうして葉を枯らして飛び立って行ってしまわないのだろう
意識の穴から欲望の油柱が吹き上げ
覗き込めば
苦悩の暗渠にはまり込みもする
だから人間に驚いてしまうのだ
辟易する日常の皮膚の裏面に
青い毛細が支脈を広げ
一皮剥けば血が滲み
抉れば鮮血が噴き出すだろう
俺のかさかさの皮膚からも
意想外に多量の血が吹き出るはずだ
奴や奴の
そしてのっぺりとした風景の背肉からも

4. 地くずれ


たわんでゆく背中に
冷たい素手を差し入れ
出かけようぜ、もう一度
堂々めぐりの寂しい円環を
角の取れた丸石を握りしめて

繁殖しすぎた風景の中で
眼は開けていなければならない?
放り投げた石の着地を追う
絞り込んだレンズのような一瞬のまばたきは不可能?

が、
突然垂直する死はどんなに転がる?
叫ぼうったって
喉に詰め込まれる脱脂綿
ペッペッと吐けば
何もかも流れ出てってしまう
皮を剥がれた吊るし柿

鈴は
鳴るのかもしれない
細い線を繋ぎ止めれば

地くずれ、地くずれ、地くずれ
三半規管の泉に
泥を入れるな

5. アクエリアム


僕に仮託された
タイムスケジュールが組み替えられてしまった
何の意志?
ブスブスと焦げ出す青写真
炭化した黒い塊りとなって
焼け出された重みのない頭蓋
蹴っ飛ばすと片目が涙をちびる

波に追われ
波の目盗む浜千鳥
お前の歩脚は彼方の時間か
それとも我の

中心に一本の管
髄のように
細く透明
しなやかな螺旋を描いて何処まで続く?
今ではない
過去を超えた
人類が誕まれた太古の海を満たす
輝かしく青い海

おおこの管か
精子から卵子へ
妊婦から胎児へ伸びようとするへその緒
発芽するもやしの輝く真珠色の管
遠くの方で
見えない夕映えが
音楽のように交響している
さあ見学は終わりだ
アクエリアムの扉は開いている
外光に散らばった積み木を片付けよう

6. 狩人


錆び止め剤に欲情する鉄骨の朱を夕日が染色する暗む都市の底で
輪郭の融けてゆく物質が質量を取り戻すあわい
鋭角の濃紺が沈みくる空の彼方に金星のまたたき
きみは、潮騒を聞いた?

海を目差した半裸の狩人は
(そう、そんな昔じゃない、むしろついこないだの事)
重油に沈む湿原に海を感じた
血液が浮かべる羅針盤が方位を告げている
模造にちりばめられた陸地からの遡行
足裏に手応えはなく不確かな藻類がからみ付く
身体が暗い汚水に浸かってゆく
ぶくぶくと泡立つ悪臭はかつての狩人達の腐臭?
進化した蛭が腿をつたってのぼってくる
狩人は瞬間を射かけて蛭を突き刺した
海を囲う裏返る円環に群がる蛭
少しづつ血液が失われてゆく
どのくらいの歩行?
遠くの岸辺に永遠のもやのように横たわる陸地のイルミネーション
水面が茫々と光っている
夜光虫?
いや、油膜にデフォルむ虹色のそれら反映
遠ざかりもせず近づきもしない幻
夜気にたたずむ狩人
細胞の隅々に月光が沁み込む
塚の様なものが立っていた
蛭がびっちりたかった水面から意志する肉色の塔
狩人は黙って通り過ぎたが、はっきりと呟きを聞いた

蛭がわき腹に喰らいついているのを見つけたとき、俺は一瞬ギャっと叫んだ。見ると、 ふやけた皮膚のふくらはぎから腿の付け根からそいつらがびっしり喰らい付いて、喉元 めがけてもぞもぞ這い上がってくるのだ。俺はそいつらの一匹一匹を指でつまんでむし り取って捨てたが、後から後からきりがなく、不意に、深甚な恐怖に襲われて、己の全 身がずぶずぶと沼地の深みにはまり込んでゆくのを感じた。蛭は胸元にまで達し、いつ しか俺も慣れてしまって機械的に手足を動かし、忙殺されて日時も忘れてしまったが、 着実に疲れてきていることだけは確かだった。俺はふと蛭を取る手を休めあたりを眺め 渡して見たが、相変わらず変わり映えのしない光景だった。沼地の真ん中にポツネンと 佇んだまま、もう蛭を取る事も忘れ、己を取り囲むいつまでも変わらない自他の光景を 眺めているばかりだった。蛭は頭髪にもぐりこみ、耳の穴、鼻の穴、歯茎の間隙、肛門 から尿道からあらゆるわずかな隙間を割って体内に侵入した。びっちりと軟体動物がた かり、俺は一体俺なのか蛭を入れる容器なのかわからなくなってしまい、さながら蛭塚 のようであった。それでもまだ俺にも血液が残っているようだ。血液は記憶を取り戻そ うと造血機能をフル稼動させている。海を目指した俺達は決まって沼地に行き着いてし まう。その意味を血液は必死で考えている。

その夜、狩人は初めてコヨーテが鳴くのを聞いた。
幾つもの蛭塚が林立する湿原を研ぎ澄まされた悲しみが響き渡った。


どのくらいの歩行?
羅針盤は方位を告げているのだが
瞬間は摩滅し、蛭は胸にまで達した
狩人は顔面を太陽に晒し矢を放った
白い軌跡が大きく弧を描いて消えてゆく
すべてを融かしてしまう青空
広大な容器
風が吹いてくる
吹き寄せられた雲の破片が
西方の空にイ集してキラキラ美しかった
徒労?
血液は黙して答えない
金星が見つめていた
その夜、狩人はコヨーテと和して遠く吠えた

7. 拒絶を食いに


午前の光みなぎり
愛する人はいない
夜着を脱いだ大気は
まだ汗ばみを知らず滑らかに粉ぶき
他人事のように鮮やかに萌える緑の
浅いまどろみを微風が乱す
路上に
愛する人はいない
街はまだ優しい影をまとっていたが
剥き身の白昼
さあ拒絶を食いに
街のどの食卓へ出かけよう

8. 消尽する歩行


緩やかなカーブを描いて
消尽する
壁立する緑林に挟み込まれた乾いた小径
粉くさい光が降りかかる
うっすらと汗ばむ歩行
土ぼこりが纏い付く

そり身の葉身が路傍にのけ反りあい
鋭く光る白い歯をむき出した
むせ返る草の発情
小径から影は蒸発し
石ころは間の抜けた地表のイボ
蟻が粉をふいた尻を引きずってゆく

明るいベルト
挟みこむ森は暗く深い
径の意志が森を明るく切り裂くのか?
森の矜持に誘導されて径は明るく曲がるのか?
羽音が低く地に充ち
葉陰で蜘蛛が警戒の一挙手を静止している

時折、濃緑の暗みから
鮮やか過ぎるチョウが横切り
突然
重すぎる唸りで
甲虫が前頭をかすめてゆく

うっすらと汗ばむ歩行
踵が踏みしめる一歩ごとに
土ぼこりがプッと吹き出す
羽虫は永遠の旋廻を続けている
陽炎は三歩先を逃げてゆく
振り向けば、靴跡の凹みにまどろんでいる筈だ

白い風景
遠近のない奥行きから微風が渡り
額を熱が剥がれてゆく
瞼を閉じると
だいだいにとろける意識
言うべきことは何もない

鋭くVに切り取られた空は青く
緩やかに湾曲してゆく風景
見通された径はしだいに薄く
傾いでゆく歩行の重心
この径はいつか来たことがある

樹壁の交叉に忽然と消尽する一点
青空への垂線が滲むささやかなときめき
線状の色の粒子がだんだん厚みを増して
どんどん人間の輪郭に近づいてくる
繰り返し繰り返された繰り返し切れぬ
不安とときめきの抑えがたい歓び
この径はいつか来たことがある
そして、また

9. 希望の土くれ


白い陽射しの路に
ぼくは影を落とさない
影は背中に貼りついて
のしのように
ごわごわの感触を着衣の上から肌に伝える
だからぼくは
唾と冗談をひとしきり飛ばして
あっけらかんと笑い
感覚が麻痺した一瞬に
希望の土くれを
子供のようにはしゃいで拾い
そして
泥だらけの両手を垂らして
深く
寂りょうするんだ


ハロー病い
2. ハロー病い


健康は薄い皮膜
バイキンがちょっと持ち上げ
ぼくは病気になった
その上で跳ねさえした踏み板はあっさり外れ
ただ渡してあっただけなのだ
落っこちた時間は二つに割れた
ぼくの時間と
街の時間
バイキンが元気になるとぼくは元気が失せる
博愛主義者でないからバイキンは愛せない
今日が寝返りを打って明日が開け
明日が三度転げまわって明後日がくる
でも折畳まれた卓球台の上で
破れたビンポン球をやな明後日に転がしているのは
ぼくと
バイキンだけだ

3. ニュース


深く弧海に沈み沈む
南海の新島
草一本生えぬ島
風にも鳥にも見放されて
昔、湾であったという
今閉ざされて、みずうみ?
閉じ込められてフカが生きる

 ― 病錬の溜まり場で、
    今朝、そんなニュースを見た。

古代から生きてきた魚
湾であった頃の牡蠣は腐れ
青く水ガラスのように透き通る四海に
黄色い死汁の漂う水溜り
深く弧海に沈み沈む
生きよ フカ
原始生命
腐れる皮膚をずるずる引き摺る変種となって
青いさざ波のシンフォニーに
黒いゲップの違和を吐け

4. 大分具合は良くなりました


擦り切れた畳の上で
転がっている
ひねもす
手足がバラバラでも驚くには当たらない
胃袋は台所でたらたら汁を啜っている
食後30分に薬を放り込むために
机の上の心臓、元気か?
本棚の隅っこで、
ああ、おお、埃だらけの陰茎はしょぼくれちまって
胴体は窓際で日向ぼっこ
おい、俺の頭蓋どこに隠れちまった
集合せよ 各部
お客さんだ
ええ、おかげさんで大分具合は良くなりました
痛いよう 肉体
助けてくれ 精神
痛いよう 肉体
助けてくれ 精神


サンドロール
1. お水を 一杯 ください


街を歩いていると
必ず何処かしら一角で
古びた建物が解体されてゆく
眼は新しく成長するビルディングを見上げるのに忙しいが
背後の、見えない解体現場からは
退化した肋材が剥き出され
粉々になった時間が
おびただしいチリとなって降ってくる

空白にかすむ街区を
振り向こうとする一瞬の間隙を撲殺して曲がるたびに
俺の肋骨が一本一本淘汰されてゆくようだ
進化した物と人間の洪水が
けじめをなくした生理のように路上に溢れ
紫に着色された酸欠のダストが高層を対流する
停止を命ぜられて
ポッカリと間の抜けたスクランブル交差点で
排卵されるのだ 俺たち
ひっきりなしに肩をぶつけながら
巨大に無関心な祝祭行進

虚無ってなんかいられない!
思想なんてものはすっかり空調されてしまった喫茶店で
おねえさん お水を 一杯 ください
乾いた肉体を潤してやらねばならないんだ
虚無ってなんかいる暇はない

垂直するビルの影が腰を折る夕暮れ
疲労した街の角から
奇形した健康骨を突き出し
明るくコーティングされた無臭の往来を
くんくん嗅ぎ回りながら拾い喰いしている
皮膚病やみの野良犬よ
おお、おまえは
そんな上目使いをして

2. キーコー キーコー


キーコー キーコー
「たばこ」を買いに
キーコー キーコー
記憶の路を
陽だまりにうずくまる小路地の
いつも昔は娘さんだったお婆さんのうたた寝するタバコ屋に
キーコー キーコー
猫の死体が干からびた高架の川床を
威張りくさった剥き出しのコンクリートに
すいません、すいません
平身低頭しながら
日当たりの心地よい道は
《 左折せよ 》 高架から流れ出て
太陽のシャワーに幻惑する突き当たり
緑の金網
《 WARNING 》 白いペンキに赤字の縁取り
― これより電子未来図 ―
― 関係者以外の立ち入りを禁ず ―
金網に押しやられたへばりつく道を
キーコー キーコー
風景が一変するエレクトラ、エレクトロ
― 標準語を使用せよ ―
コンピュータが指令する
キーコンコン
遅れてきたおんぼろ自転車
キーコー キーコー
まわりまわって
猫が干からびた高架下
勝ち誇ったコンクリートに
すいません、すいません
キーコー キーコー
キーコー キーコー

3. 扁平な世界


毎日世界がやって来る
扁平になって
どこかの記号の街で
三桁のアラビア数字が血にまみれ
記号の高原で
ローマ数字のロケットが飛び交った
昔恋人と肩を組んで歩いた三色の舗石の路は
神経が三時間麻痺して痙攣していた
オートバイがトラックに突撃して
3リットルのガソリンと1リットルの血が漏れた為だ
扁平な世界の見えない下端で
夥しい人間が飢えていたが
扁平な世界の端っこにぶら下がる四角い部屋で
ぼくはひとり、ずっしりと重い果物を汁を垂らして齧っていた
庭の植物は
それぞれに陰影を地表に刻み輝いていたが
すでに家屋の内は
溢れ返るブラウン管の風景が透けてゆく
薄っぺらな紙だった

4. 平面増殖


平面は雌雄同体
自然増殖する
人間を喰らい
風景を喰らい
光を喰らい闇を呑む
凄まじい勢いで

叫ばなければいけない
耳を澄まし
叫びを聴かなければいけない
平面の背後に均されてしまった立体の呻き声を

立体は自然には増えていかないのだ
平面で詰まったぼくの単眼で
扁平にしか見えない光景から
身をよじるわずかな突起の
もう一つ別の立体の彼女と生殖しなければならない
立体は産まなければならないのだ

立体を増やせ
交接せよ
侵食された平面だらけの面上に
びっちりと凸凹の立体を産卵し
惑乱する光と影を回復せよ

5. 俺のでない軒下


かさぶる空から
雨がかぶさる
ぶ厚い壁が増殖して
視界不良
敷きつめられた世界の表面を
ぴちゃぴちゃ露骨な音をたて
アキラメロ、アキラメロ
雨滴がおどけて撥ねかえり
俺のでない軒下から出られない脚を汚す

がらんと空いた時間の室内で
何をすればいいのだろう?
きらびやかなアーケードへ飛び込むか?
身体中の臓器をハッピーマシンに改造して
それとも俺達のであった試しのない空調された羽根ぶとんの
吊り上げられた夢の一夜にしけこむか?
抽象的な現実を消灯して

残された晴れ間はそう多くはないはずだが
空間はふたがれ
さて どうしよう?
冗談のピンホールをつついてみるか
出血するのはいつもはるかに俺達の方だが
力ない飛跡を灯した都市の蛍が仕方なく
往く当てもないけぶる雨中を飛んでゆく

6. 引越しの白昼


最初に借りたのは3畳のアパートだった
それから4畳半、次に6畳
そして今は4畳半2間、風呂、台所付き
いつのまにか壁が増えてゆく
物も増やさねばなるまい

引越しの荷台の目玉に
剥き出しの白い腿が突き出された街も
梱包をほどくとズボンをはいてしまった
駅へ向かう俺の軌道を
あ・る・く

どこからか飛んでくる白球
突然、眼球を打ち付ける
ぐるりと反転する顔面
瞬間、風景に見られてしまった
なぜ?
白昼の路上に
転がるボール
と
俺

何者だ お前は
宙吊りにされた憤怒と諦め
記憶が 汚物が
片眼から流れ出てゆく
縮小する生活
こんな筈であってたまるか
膨張する宇宙
ビック・バン
その音が聞きたかった
高速度撮影でめくるめく開花する花
映像が欺く Life
高速に縮小する何処に
プォー
巨像は嵌まるか?

7. 河床


涸れてしまった河床に
逃げ遅れたかのように
水だまり
手をつけると
ぬるい

剥き出された地表に
辛うじて蒸発をまぬかれ
そうだ
おたまじゃくしやみずすましやあめんぼう
にとっては水海

さらさらと時間が崩れる段丘から首を出し
見渡す
どこまでも広がる乾いた荒野
丸まった半欠けの岩石が静止している
何処からともしれない風が可能な涙のように砂を流す

ゆっくりと大きな影が幾度も地平線へ這ってゆき
一つの雲が河床を捕らえる
脅かされた鳥のように首をすくめ
無音

8. 粘液


便所の壁は落書きでいっぱいだ
情念で塗りたくられた壁面に
抉られた数個の引っ掻き傷
ドアの外は背丈を越えて粘没している
粘液が
粘液ののっぺりとした厚かましさで
建付けの悪い隙間から鍵穴から
どろりと垂れ込みくるぶしをねぶる
己の排泄物と一緒に流しているのだが
ぬるり、ぬるり、流入にはきりがなく 
丸出しの尻は半漬かりの排泄のまま
粘液体に飲み込まれてゆく
格子のかかった便所の窓からは
水溶液の青空が覗いていて
だからこそ己を変形させてまで
壁を引っ掻いていった
敏捷な爪痕があるのだ

9. 浮かぶ死体


湖底に久しく沈んだ
うつ伏せの死体がぽっかり
仰向けに浮かぶ晩秋の
すさぶ風に
底無しに舞い落ちる枯葉の
吹きちぎられた一面の陶酔
も、いま静まり
落葉に埋め尽くされた湖面に
重なり合う一枚一枚の
燦然と輝く幻惑に漬かる
白蝋のような
物質化した死体

5. 伽藍


見慣れた風景の中で
1歩のリズムに躓く
背中の掛け金が外れ
めくれた窓がバタン、バタン
まるで待受けていたように
青い風が ヒュー、ヒュー
肋骨が寒い

しんとして
見知らぬ夜に見つめられる
アーチ状の
肋材が露わな伽藍
切れ目なく
外気と同じ冷気が満ち
中央のテーブルに
頭をかかえてうっ伏している男の傍で
肩に手をかけて放心している
白い石膏像の俺

10. 筒型の缶の中


箱に帰ると
柱の隅で
男が一人座っている
何一つしゃべろうともせず
瞬きを忘れた眼で
地べたの平面を見つめている
男の前には空き缶が1ケ
中身を啜った後の汁がこびり付き
底に銅貨とクロム貨が数枚

ピカピカの銀貨を投げてやってもぴくりともしないだろうとは判っている。 俺も構わず男の前で冷えた飯を喰らうが、時折、男の眼差しが缶の中に凝集 してゆくのに気づく。つられて俺も覗いてしまうのだ。筒型の缶の中には、 海とも空ともつかない真っ青な空間が底抜け、確かに生きているとしか言い ようがない分子の喜びや原子の戯れが聞こえて来るのだ。俺もあの一粒で あったらどんなにいいだろう―と思う瞬間、せり丸まってくる青い水溶液が、 ひとしずく男の夢の形をして缶の中に滴り落ち、と既に男の目は再び焦点の ない平面に拡散しているのだった。男の目からではなく他でもない俺の目か らは、あの水溶液のような涙がひとしずく流れ、俺はかかえ切れない悲しみ に連行されて、ネオンが滲む夜の街に飛び出してゆくのだった。



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