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Part3
平面プレーリー
1. 再春    *** 赤色 は自選、クリックで開きます。(開かない時は▲をクリック)
鳥が鳴いている
綿毛に包まれた大気のへりで
浅い緑が
渇きだした土表の背中で
幼児の手を開いている
冬の習慣にこわばった木肌に
光が滑る
剥離する一枚の薄衣
ふくらもうとして細く
細やかに振動する枝先のオーガズム
柔らかい形状がふくらもうとしている
小さい生き物は小さい生き物の気ぜわしさで独楽をまわし始める

どうして思い出していけないだろう
回転の速度
私たちも確か自転していたはずだ
べったり凪いでしまった着慣れした肌の平面を
そよそよ
襟元から鼻腔をふくらませた春風がなでてゆく
まぶたの上がまるい

もうセーターを脱がなくては
白い布と木片でできたおもちゃのヨットを
人差し指の先っぽでピンと弾いてやればいい
俺のミニチュアを乗せてうらうらと
白いシャツを腕まくりした小航海が始まるだろう

2. 日々に転がって


逃げてゆく風を追いかけてゆこうか
空にたわむ広大な傾ぎを
ぼんやりとした胸に映して
無造作に投げ出した足の裏をピチャピチャ打ちつけて
髪が笑っている
あおられた大気の曲線に
しないながら
そこに転がっていることができるかしら?
定理された日々など忘れてしまった方がいい
生存の都市が血管に行き渡る
人気ない白昼
アスファルト舗装を命じられて
呼ばう声はカンカンと
日々行きくれて
泣きべそなんかかきながら
風はヒュンヒュン逃げてゆく

3. 発芽夢


子供の頃よく空飛ぶ夢を見た。
小学校の二階建木造校舎の赤い瓦屋根のへりから、四つん這いになって、 尻つぼみに遠ざかる黄土色の校庭をおそるおそる、白い体操服と赤い体操帽が 散らばる遠い足元の底から、白いすりガラスのような風が吹き上がり、幾度も ためらう胴体を鋭く青空が払い、落っこちてゆく。
突き出した顔面一杯、黄土色の地面にくっきりとした砂粒が拡大されて、目を つむった瞬間、ふわりと宙に浮き、背中から尻の割れ目に沿って流線が流れ、 校庭を対角線上に低空で滑空していた。帽子の顔が次々に振り向き、口々に何 か喚きながらボールを投げつけてくるが、気流が腹をあおり、額が生温かい風 を押し分けて、グングン上昇しながら、校庭の隅に聳える大木めがけて反り上 がり、ふっと、てっぺんの幹をつかんだ。
黄土色の校庭を白いショートパンツと赤い帽子が駆けて来る。

男の頭は地中にめり込んでいる。
夢の崖から飛び降りて落下したまま、もう長くそうしたままでいる、と隣人は 気のなさそうに言った。繰り返し雨が降り、繰り返し短い晴れ間があり、男の 目は発芽して土中を細い茎が伸び、地表を破ってぐんぐんと白い茎が空に伸び、 雲間を突き出たところで黄色い花が咲いた。蜜蜂は訪れず、花弁の奥で、蜜は ひっそりと青空を映した。男の尻に日が差すと、時折思い出したように男は手 足をばたつかせる。陰茎が岩場に打ち上げられた昆布のように腹の皮に垂れ下 がっていたが、手は習慣通り陰茎をつまみ足先に向けて小水を放つ。黄色い透 き通った結晶のキラキラする噴水が、ひと時無関心な隣人の目を楽しませるこ ともある。ごくたまに土を喰らう男はユーモアのつもりで肛門からタドンのよ うな糞をぶち上げるが、頓着ない隣人もその悪臭には長く閉口する。
夢の崖から飛び降りて落下したまま頭を地面にめり込ませた男は、もう長くそ うしたままで、隣人が暮らしている傍で暮らしている。

君から遠く離れて
ふいに陽炎が君の形に揺らいだりするとき
君の言葉少ない幾つものさようならに含まれていた優しい息使いに
今更ながら、ぼくは優しい言葉なんか一つも知らなかったんだと
頭を土の中にめり込ませてしまいたい思いです。



4. 帰還


遊泳から戻り
首まわりの二重ロックを外して
重い風防からゆっくりと頭を抜く
純粋酸素の中に
船内に運ばれた生温かい地球の空気が混入し
人間の臭いが立ち上る
後は地球に帰還するだけだ
脳髄を熱い喜びが染みわたる
ゴーのボタンに指先が静止したまま
緑色の光を放つ計器を見つめる目は
自分が何をしていたのか忘れて
黒い宇宙に放心している

5. 針の長い夜


針の長い夜です
チク タク
つい、うとうと
どうしてこんなに眠いんでしょう
からだが疲れているんです きっと
お鍋を火にかけたまま忘れていました
ザハザハ
きっかりお鍋一杯の毎日を入れたまま
とろとろ
くろく煮詰まっていたのですね
眼底に炭化した思い出がこびり付いてしまいました
あなたや、あなたや、あの人やら、あの時のわたし
いくらこすっても落ちません 台所のクレンザーでは
焦げ付いたお鍋は捨ててしまわなくては
あの人に見つからないうちに
眼底が赤剥けて眠れません
明日もザハザハ 毎日にきっかり出かけてゆかなくてはいけない
わたしの帰宅を待ちながら チクタク
金だわしを持ったままの不在のわたし

6. 素肌のセーター


出来るだけたくさんの編み方で編みたかった
面白かったから
勢いにまかせて
いろんなはやりの色の毛糸を使って
もう全身を編み上げてしまった
でも最後でどこに糸をつなげてよいのやら
かがり方がわかりません
こんなにごてごて編み上げてしまって
ヒッタリ吸い付く裏側以外、肌が何にもさわれない素肌のセーター
一人ではほどくことも出来ません
ああ誰かわたしをほどいて下さい
一本、一本
ちんちん湯気立つ懐かしい蒸気を吸って
ちぢれなおる毛糸を使って
もう一度、単純なセーターが編みたいのです

7. 夜更のノック


夜更けに
暗い廊下で
ぼくは君のドアをノックする
誰にも聞こえない音を鳴らして
こつこつと
たたき続ける

夜更けに
明かりが細くもれた廊下で
ぼくは君のドアをノックする
君だけに聞こえる音を鳴らそうと
冷たい汗を流しながら
こつこつと
たたき続ける

返事のない扉を開けちゃあいけないって
いろんなものを見て
盲になったおばあちゃんが言ってたっけ
いろんな音色がぎっしり詰まった
ふるえる闇が流れ出てしまうんだって
溢れかえる光の洪水が押し寄せ
部屋ん中を真っ白に晒して空っぽにしてしまうんだって
でも、おばあちゃんはとっくに寝ちゃった

ぼくは夜明けに
明かりの消えた廊下で
君のドアの冷えたノブを握り
ためらうこぶしに力を込める
込めたまま凍ってしまう

ドアの向こうには
寝乱れた君の姿態があるというのに
おばあちゃんの声はもう聞こえないと言うのに

8. プレパラート


ほら、理科室にあったろう
水ガラスの透き通った中で
蝶や、蜂や、蝉の
美しく死んでいる虫の標本
あるいはわずかに
凝固したまま生きていたのかもしれないその
体感がわかるような気がする
箱型のプレパラートの中に流し込まれた
ねっとりした液体に宙吊りになって
まだ渇き切らない固着の時間を
じっと耐えている

水中喫茶店で
さっきから君に話しかけているんだが
向かい合わせで座っている君もぼくも
ぶ厚い水中に隔てられて
お互いの呼気は気泡のまま閉ざされ
ぼく達も空中でしか広げない羽を広げさせられているんだろう
窓ガラスの中の
街路樹はあんなに透明なのに
水を運ぶウェイトレスも路行く人間達も
押しのけた水の量だけ規定された浮力に押され
沈みもせず、浮かびもしない
宙吊りのまま
まるで背中からヒレでも生えたかのように
ゆらゆらと海藻のような目をして旋廻している
たぶん円筒形をしているのだろう、ぼく達のアクエリアム
君もおそらく、そしてぼくも
ごぼごぼと膨張するエアーを肺一杯はき出し
内臓のめくれ返る浮上を願っているんだが
隙間ない水中の
比重ゼロの
水ガラスの抵抗の
行き場のない泡がたまる胃袋からポツリと気泡が漏れ
都市の中空を漂っている


ボトムライン
1. 違和のクレパス


俺は歩く
未発の薄明を
実存の鉛玉を蹴飛ばしながら
鋭く尖った影を踏みつけ
世界が一変する瞬間を狂喜する空に夢見て
深夜
妄想する心臓を分別が引き剥がす
身体を明日へ運ぶわずかな空隙に拡がる時間の割れ目
違和のクレパス
罠だ
身体が平ぺったく変形する
貼り付く胴体、固着する首、陥没する眼球
何事も起こりえない平和な外光が侵入する
口の中に間断なく流し込まれる成熟のジュースに満腹して
出口を己の糞で塗り固める
俺たちに可能な明日
違和のない時間への虫食い

2. 根っこのねから


俺の手足、なぜ動かない
色のついた時間に固着しちまって
みんな見知った色ばかりだ
不安を塗り潰した安っぽい色合いだ
安心かい?
しみったれた糊じゃあ画紙も剥がれちまうんだぜ
用意された絵の具なんか捨てて紙背の闇に跳び込めよ
それともピンで取り繕うかい?陳列された標本みたいに
いくら塗ったくったって闇は絵の具を吸い込んじまうんだぜ
ここにいちゃあだめなんだよ
底のくっついた靴なんか脱いじまって
裸足の足で踏み出せよ
ほら
闇だって目が慣れてくりゃあ物の形が見えてくるだろう
そいつを手足に信じさせろよ
ほんとの真っ暗だったらなんて余計なお世話だ
停電でもしてみろよ
お前の部屋ン中の方がよっぽど真っ暗だ
どのみちいつかはぱっくり真っ暗だ
何処にいてもだ、ぱっくり真っ暗への行進だ
同んなじかい?
根っこのねから引っくり返れよ
真っ暗な時間の風に裸形を晒せよ
それでも 同んなじかい?

3. 管の中


俺はふと思う。何か暗渠か坑道のような所を歩いているような 気がする。角度のない照明がやけに明るく、そこには影がない。 都市の地下を網目のように走る通路?何処へ続く?何処かで交 わるはずだが何処にも交わらない。がらんとした俺一人の管。 他人の時が俺の足を歩ませる。本当はさして不服という訳では ない。管がだんだん閉塞していくが、何処に行っても同じこと だからだ。俺たちの20世紀の管の中では。時折、底冷えする ような悲しさ?が吹いてくる。背後からか?行く手からか? だが、悲しさを持続する光景は長くは構成されない。管の内壁 に貼り付けられる膨大な映像に解消されて、光景自体は拒絶さ れるのだ。影のない360度の光によってあらゆる厚みが奪わ れてしまうのだ。奇妙に見通しのきく管の内部だけが奥行きを 形作って時の中を落ち込んでゆく。
さてこの俺は、手足の野生を信じるか?
心臓は、影を落とす光を欲望しているか?
時の管を捻じ曲げるバールを、掌は探しているか?

4. うつむく人


背の曲がった老人?
若者?
には影がない
空咳きをする
壁が吸い取る
壁は太る
空咳が大きくなる
身体が透ける

思い出?
春になったら思い出すだろう
木々の芽吹きのように
今は冬だ
歩くだけだ
何年もこうして冬を歩いてきたように
大丈夫
つま先が覚えている

希望?
不意に立ち止まり帽子を取っちゃあいけないかい?
あいにく手品師のようには白いハトは飛び立たなかった
ボロ靴の底に畳み込まれた地図は汗に蒸れている
風にさらわれたいつかの新聞紙はビルの谷間を舞い
日付をちぎられて黄ばんだまま二度と降りてこない

うつむく人は空を見上げない
成長したビルが見下ろしている
空は落っこちそうだが
ぼく達
空を見上げちゃいけないかい?

5. トイレがない


ベースが
びっしりと敷きつめられた床石から鈍く足裏を跳ね上げ
頭が天井にぶつかってしまう
俺はどうしたらいいんだろう?

ドラムが
ぶ厚い壁板の外側をピシピシ叩き
肋骨にひびが入ってしまう
俺はどうすればいいんだ?

サックスが
液体になって胃の中に流れ込み
腹がゴロゴロ鳴っているんだが
トイレがない!

窓は?
二重ガラスの向こうには明る過ぎる渚が広がり
操作されたさざ波が悠久を装い打ち寄せている
出来すぎだぜ!

ピアノがたわむ暗い螺旋階段
俺は
どうすればいいんだ?

6. パッキン


パッキンが疲れた
水道の蛇口から
一滴、一滴
水が滴る

昔は金盥に溜め
今はプラスチック製洗面器に溜め

それでも溢れてゆく水に融けて
新しいパッキンを付け替えなければ、という想いが
暗い下水管を伝って
都市の地下水路を彷徨い
浄化 されて
未明の海に流失してゆく

7. マシュマロの日々


ちっぽけなミジンコの目に
現代の速度で
溢れ返る光景が押し寄せ
押し流される尿道の陥没に
排出し切れない緑色の膿がたまる

エメラルドグリーンの世界に
マシュマロの日々が浮かび
遠近を失った人が溺れている

遠くを見なくなった目元に
白濁した目ヤニがやに下がり
単純な涙腺の清水路を塞ぐ

永遠に変換される瞬間を
恋人のように待ちくたびれて
視神経の回線は錆び付いてしまった

一枚の木の葉の滑空が
肌に微かな波紋を伝えたのはいつだったろう
夕映えが落ちかかる木片の
朱に染み渡ったのはいつだったろう

人工的に刻まれてゆく皺の裏側で
弾かれたゴム羊羹のような脳髄の海を
太古の原生動物のように
拒まれた過去が浮遊している

8. いつも結果が


俺たちがまだ生きてもいないのに
結果が先に降ってくる
現代とはそういう時代だ
俺たちがまだ見もしないのに
結果に見据えられて
俺たちは結果に彩られた日々を生理する
かつて背光する地下茎の抵抗は必然だったはずだが
地表に突き出た芽が空にかかる虹を仰ぎ
俺たちは結果になろうと結果を歪曲する
囲われた窪地で秘めやかな取引がおこなわれ
毒だみの花咲く群落の中で
こおろぎが盛んに隠花を歌う

9. 窓辺に積もるチリ


脅かされた空から
ぼく達のめくれてしまう日々の破片が
中空の巨大なひき臼に挽かれ
絶えずチリとなって降ってくる

朝の光の中で
君が開いてくれた窓辺を
快活なコートを羽織り
駆け出してゆこうとする間にも
穴の開いたポケットから
擦り切れる時間のウロコがポロポロこぼれ
速やかに回収され、粉砕され
拭いても、拭いても
いつのまにか埃に埋もれてしまう窓辺は閉ざされ

夕日が作る長い影には
拒まれた地平線まで
微熱に火照る疲労が寄り添い
今朝1センチ垂れ下がった空から
又、日々のチリが降ってくる

10. 空白の突き立ち


おびただしい厚みの
日々のチリで覆われた大地の
岩盤がパックリと割れ
金属の
ぎらぎら光る巨大な男根が
隠蔽された空白の中心に突き立ち
四囲を
去勢された雄牛が
根方に塗りたくられた
焦げ臭い匂いのするゼリーをペロペロ舐めて群がり
中空では
垂れ下がる巨大な乳房に
串刺しにされた雄鶏が
くぼんだ眼をうっとりさせて乳をすする
ミルク色の世界の上空で
身をよじる青空を威嚇して
黒々とした男根の先端が
あかく 発熱してゆく

7. 罠に


はまってやろうか
仕掛けられた罠に
痛がりながら
でも本当は痛さなんかどうでもいいんだ

やがて得意満面の狩人が
くびれた屍を逆さに吊るし
歩んだようで歩まされた森の迷路を
元来た方へ連れ去ってゆくのだろう

だがぼく達の死肉が彼らの食卓にのぼる前に
甘美な芳香を放ちながら
ぼく達は自らの陶酔に腐れてゆくのだ


セクスアリス1
1. 女山男山


たった一人でいい、この世界に
愛してくれる人がいて
そしてその人を心から愛することが出来れば
そんなことを語ってしまうと
空が悲しい色になる
消えてしまった言葉の空虚を
一夜明け
おびただしい産卵のあぶくの粒々の
二夜明け
虚ろな水平が破水する
口ごもる沃野を
液体のような朝霧が流れ
緋色に渦巻く群集する雲が
まるでもう一つ別のプラネットのように
新しい湾曲を描いて地に垂れ下がり
あれは男山
あれは女山
光る谷間から ボワボワ
水っぽい飛沫を噴火しながら
ぐしょ濡れの黙した太陽が
立ち騒ぐ地アリ共の草色の顔面をはみ出して
赤々と昇ってゆく

2. 不機嫌な背中


「後ろを向いて」 ―俺が言った
 背中があった
「じゃあ前を向いて」
 顔があった
「なんかおかしいな」 ―俺はつぶやいた
「もう一回後ろを向いて」
 やっぱり背中があった
「じゃあまた前」
 やっぱり顔だ
「おかしい!」
「何がおかしいのよ」 ―女が言った
「ねえ、もう一回だけ後ろを向いて」
「いやよ、ばかばかしい」
「ねえ、お願いもう一回だけ、頼むから」
 不機嫌な背中があった
「どうもありがとう、じゃあ前」
「どうしたの?気分でも悪いの?」  ―俺は女の肩に手をかけようと、
 くるりと顔が振り向き、くぐもった怒気があった
「じゃあ、あなた後ろ向きなさいよ」
「さあ、どうしたのよ」
 肌穴から憎悪の糸ミミズがのたくり一斉に見つめた
「笑ってごまかそうたってだめよ、今度はあなたの番よ」
「他人にだけやらせて、さあどうしたのよ、後ろを向いてごらんなさいよ、さあ」
 俺は後しざりした
「卑怯よ!」
 突然、遠いところで鮮明な稲妻が走った
 卑キヤウワヨオオオオ
 眼球がでんぐり返って背中で白目を剥いた
 背後を癒着しようと、背中は冷たい壁の感触をまさぐっていた

3. 失業歌


30過ぎにもなって、また失業しています
それなのに本当に働こうなんてちっとも思っちゃいない
そんなんで良いわきゃないけど
そんな僕でよっかったら
そんな僕しかないんです
君の胸のペンダント
どこの国のコイン、それ?
銀の輪っかを切って
むしろ預けてください
ソフトボール投げじゃ、30メートルもいかなかったけど
生まれて初めて
渾身の力で投げ上げてみます
そいつが落下するまで
ぼくの手に添えられた君のてのひらが受け取るまで
ええ
頑張って生活します

4. 浴場する白い湯気


ぼくのあなたとヤリタイやまやまと
あなたのぼくとヤラレタイやむにやまれぬと
ぼくのヤリタイえごイズムの勃起する一色
あなたのヤラレタイだけじゃない夢ふくらむ淡い多色
ぼくのヤレナイのは
あなたの浴場にかかる安手の虹の色彩を
ぼくの勃起する性色で塗り潰してしまわぬかと戸惑う
ぼくのヤリタイ一途のリンリです
ぼくの浴場する立ち込める白い湯気と
あなたの壁に結露するペンキの虹の看板
ぼくのヤレナイのは
ぼくとあなたの浴場する天窓にのぞく青空に蒸気したい
あなたの虹の看板に付着したくない
ぼくの白い湯気の身勝手です

5. セクスの虹


それはどこか取って付けたような
ぎこちない空です
物音がポカーンと吸い込まれる
穴のあいた青空です

裏側で
どこか片隅の透かしから肛門があかんべえをする
股ぐらから逆さに
天狗の面がにょっきり首を突き出したりする
そんな青空をぼんやり眺めながら
一本の貧相な桜の木が
閉じたまぶたを薄紅色にけぶらして夢見ている
湿った土がまだらに乾く黄土色の
何の変哲もない草の疎らな
呆けたような野っ原です

土中には
陰毛が毛玉になってからみついている
そんなふわふわした足取りで
男という面を着けた男と
女という面を着けた女が
聞こえない祭りの音のリズムに合わせて
男と女の掛け合う姿態で
踊りながらやって来ます
舞台の上手の方から
ひょっと短刀が飛んできたりして眉間に刺さり
パックリ割れた面が落ちると
現れたのはぼくの顔です

雑踏する物音がよみがえり
丁度信号が青に変わろうとする
空っぽのスクランブル交差点に立っている
シャボン風船のようなぼくの顔です
側頭の球面にセクスの虹を映している

今、信号が青に変わり
倒れ掛かるビルの大壁画を背負って
てんで勝手なリズムのバラバラの男と女が
夥しい男と女が押し寄せて来ます
踊り寄せて来ます
落としてしまった面の土を払って被り直し
聞こえない現代の音に合わせて渡ってゆきます
てんで勝手な孤独な姿態を踊りながら
1日中信号が変わり続ける交差点を渡ってゆきます
ビルの谷間からは
四角い青空がポカーンと抜けています

4. セクスアリス


いつも伏目がちなお前と
口ごもってばかりの俺と
気の利いたセリフ一つないのろい歩みで
夕陽にかたぶいてゆく
朱塗られた橋を渡ってゆこうか

身に付けたものは
安物ばかりだからみな
ザハザハと笑う川に捨てち
貧弱な肢体のお前と
貧相な骨格の俺と
オリーブ油の薫る浜から逃れて
俺たちの賽の河原
ここからは海は昔の海のままだ
ここからは海浜ホテルは消える
海浜ホテルからは俺たちのウロは消える

いいだろう
膣であるお前と
魔羅である俺と
ステンドガラスを叩き割り
砂袋をずった裂き
ゼラチン質をにじりつぶせ
三千と十月十日のオーガズム

疲弊した裂石にこびりつく
軟体動物であるお前と
腔腸動物である俺と
玩ぶ円石と打ちつける角石の音のカロさ
石を喰らう訳にはいかない俺たちの口で
共食いしようか

おれはおまえの乳房を
おまえはおれのふぐりを
からみあう一匹の軟腸動物になって
おれの勃起する
おまえの蠕動する
喰いちぎりちぎられ
喰いちぎられちぎり

   真っ黒な地蔵が
       傾ぶいた地蔵が
          首のない地蔵が

     前だれの恐ろしく赤く
     恐ろしく前だれの赤い赤い
     ねずみ色の重い頭で
     笑っている

       お前の真紅のパンティを首掛けてやれ

波うちぎわに半ば埋もれる
粉ぶく貝殻の一カケであるお前と
打ち寄せに身をまかすしか術のないカロイ一片の木片である俺と
ここからは昨日より太った海浜ホテルが見える
ここからは海は昔の海ではない
ボロのような生乾きの海藻が打ちあげられる
裸でいる訳にはいかないお前に
着せてやろうか

伏目がちの希望を失わないお前のうなじから
じっと耐えている背肉のくぼみに一筋
世界一透明な精液の流れる
首のない地蔵の笑っている
三千と十月十日の労苦の扉の直立する

落ちてゆく星空のノブに
   おまえのおくれ毛のからみつかせる
空白の中心に
   おれの勃起する

おまえのおれを見つめつづける
おれのおまえの名を呼ぼうとする

6. 蜜蜂の羽音


右足を踏み出す
(と)
左足が消えた
胴体がよろめく
とっさに
つかんだ生き物
細い手首(折れそうな)
君のは温かかった
半身が消えているんだね君も
しゃがみこもうか二人で
高層ビルの根方
コンクリートのざら地だ
君のめしべが開いている
ぼくのおしべ赤剥けて泣いているんだ
受粉しようか
ここにはもう蜜蜂はいない
蜜蜂よりも周期的に
環状線の電車が旋回している
背中の空気が重いね
はら、軌道の向こう
直立したぼくが演説している
― 人は透明で生きてゆく訳にはいかない ―
装着した君はどこ?
ああ、あのビルのオフィス
緑の液晶を見つめているね
暗い海に夜光虫を見つめるような目つきで
君の通勤線とぼくの通勤線
交差する郊外
借りようか何一つ変わらない2DK
蜜蜂が迷い込んでくるかもしれない
新しくかけ替えたレースのカーテンに
ほら、いつのまにか朝日が差し込むように
この階からはまだ土手が見える
ぼく達、道端の土手に
足元からつくねんと傾いでゆく自分たちの影に
肘をくっつけて転がっていたいね
ぼく達の影が細く長く伸びて
くろぐろとシャボテンになって踊りだす夕暮れまで
乳房のふくらんだ君のシャボテンと重なりたい

― アカクアカク、カガヤク、ガレ地の、荒野で
  たくさんの太陽が周って老いた ―
         って、老インディアンは言ったよ

ぼく達の一つの太陽
くずれ、くずし、くずしれ、くずおれ
何でだかわからない はやい
― 透明でいる訳にはいかない ― か
鏡の前の直立したぼくがつぶやく
半身を装着しながら振り返る君は理由なく微笑む
駅に急ぐぼくは義足をつけている
なぜだかわからない
路面に叩き付けられた早朝の影、影、影
装着は滑らかに動く
なぜだかわからない
握り合った手が消えてしまう前に
蜜蜂はくるだろうか
見つめあう
君の片眼とぼくの片眼

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