言葉つり上げられ ぶ厚く沈黙する言葉つり上げられ ぶ厚く沈黙する夜空 ただ星々の私語する輝きが満面の賑わい 闇は黒々と深く透き通り 微動する星々の 異様な程に 星、星、星の落下 圧迫されて 私は飛び立つ 一瞬、燐光する流星 密やかなあっけない天空のひとしずく 孤寂なる発光よ すべてを呑み込む巨大な空間よ 群がり輝く鉱物達よ 地上に結ぼれて かく生き、死ななければならない 血脈を足下に伝えるこの私を いったい何処に誘おうというのか ただ星々の私語する輝きが満面の賑わい 闇は黒々と深く透き通り 微動する星々の 異様な程に 星、星、星の落下 圧迫されて 私は飛び立つ 一瞬、燐光する流星 密やかなあっけない天空のひとしずく 孤寂なる発光よ すべてを呑み込む巨大な空間よ 群がり輝く鉱物達よ 地上に結ぼれて かく生き、死ななければならない 血脈を足下に伝えるこの私を いったい何処に誘おうというのか
まぶたに太陽の愛撫を感じ 正午のけだるい充足に浸されていた白昼 私たちの肌を伝う 微かに流動する空気の水時計は 水晶の液体を静かに流し 透き通った未来の川面に 時間の幼虫達が反射する光とまばゆく戯れ 私たちの吐息は青空ににじんで美しかった ふと見上げたひとかけらの空に 白い日々が映っていた 干からびた手足が虚空にぶらつき あめ色にねとつく時間液の中で 私たちの重い足どりは日々の板壁に張り付いてしまう それでも私たちは時間を回転させねばならない 粘着する時間を強姦する 日々と私たちの無意味な摩擦音が そこかしこに悲鳴する
無色透明な 一つの意志が 年月の傷痕と不純物を交え 埋没した小径を ゆるゆる 下る 青空のひとしずくの試薬に 鮮やかに染色する液体 かつて 森林の輝きを内臓に透かし 鈴なりの朝露に口すすいだ ことももうおぼろげな 時を待ち 時が過ぎ 時に倦み ゆるゆると行き着く谷間 土を吸い 土に吸われ 午前の光を反射する張力を失い ぬるんだ水は 日だまりに淫溺する砂地に ゴクリと 鯨飲される
箱をすっぽり被った男 街に出て、地下鉄に乗り 箱の角を 街角にぶっつけ、人を引っ掛け 箱の中は 己の汗と脂と糞尿でベトベトで 寄り付く鼻をひん曲げる 箱をすっぽり被った男 箱に小さな現実を穿ち 垢だらけの手とペニスと夢を突き出し 逃げ惑う都会の尻を追い、ヒトを追い 箱の中は 己の汗と脂と糞尿と精液でベトベトで 閉じ込めた己の体熱にくるまり 寝静まった街路を徘徊する 箱を被った男 凍えた夜に箱を脱ぎ捨て 月光が沁み込む 己の凍った足音と弾けた涙を採取する
欲情した影を引きずって 愚劣な獣が夜道を舐める 月が笑った お前 笑ったな 俺を 笑ったな
どこを切ってもぶすぶすと 肉のくすぶる臭いがした 生木で焼かれる生きながらの磔刑だ 都会の腸をぞろぞろと どいつもこいつも褐色の汗を吹き出し 蒸れた足裏を灰色の舗石に粘りつかせる げっぷとメタンガスで黄色く発酵した腸熱で 脳みそなど痴呆の恍惚だ ぬらぬらした回虫よろしく 半分糞になりかけた何やら得体の知れぬ流動食を さも誇らしげに喰らい付く かと思うと、ふんふん鼻を鳴らして腸壁に 変形した吸盤でべちゃり離れぬ吸虫だ 俺たちゃ肛門あたりでちっぽけな青空拝んでむずむずするギョウ虫か 寄生虫じゃないんだ 冷やっこい清流を 目にもとまらぬ速さで水切る 銀鱗の川魚であったためしはなかったか 一面のビルとアスファルトに抑圧された大地よ 腸詰の都会の罅割れから夥しい瘴気を立ち上らせる憤怒と欲情の堆積の下に どれ程地中深く、若木の汁と生物の透明な血漿を啜っていただろう もはやお前は 巨大な肉塊を持ち上げ 朝陽に輝く純白の霜柱を立たせることさえできないのか
飛び散れ私の黒い結晶体 どんな思想が染めているのか 鮮血を赤く どんな希望を映しているのか 青空の血漿に 欲情が空を見上げてそそり立つ 腐食が陰部で舌を出す 空気の抜けた破れ風船 ずるずる引きずる張りぼての肉体 善良を重ね着たふやけた皮膚 白濁した眼球
唇かんだ紙ばさみ チョッキン 籠いっぱい チョッキン、チョッキン チョッキン、チョッキン 涙屑 どうして曲がってしまうのだろう この線は 午後 小さな春嵐立ち ひそひそ光の井戸端は 早や色あせた花びら打ち寄せ ほらほら手を切る尖った紙片が びらびら舞い散る紙吹雪 またひとり人間をきざんじまった
おいらよれよれのボロッ切れ ちょん切れた時にゃ痛くも痒くもなかったけど 西片の空が暮れなずむ頃 浸透圧で 青い哀しみが沁み上がってきちまう せめておいらの燈した灯は何色 足元にも届きゃしない ああ この悲しみのランプの灯は
色彩が衰弱した冬の日 一日の労働を終え たった一枚のコートを羽織るために 背をかがめた薄弱な影が 側壁に屈折して歩む街路 樹木は固く身を閉ざし 疲労した視線ははじかれて行き暮れる ぼくは春の兆しを知らないのだ 何百回目かのため息を淡くにじませた空 寒風が孤独な雲を吹き流す 真っすぐに続く住宅街の切れ込み 路地奥の曲がり角に行き着く前に捕まってしまういつもの生理 これら冷淡に平和な家々 ぼくはこうやって暮らしているのだが でも人生って何だろう あの角っこを曲がれば ・・・ だが、見慣れた門柱と生垣と公園の 人気ないブランコに夕闇が沈下するだけなのだ 深い地中から哀しみを沁み上がらせるために それでも黄昏た空は なぜあんなに美しく色づき はるかな誘いを投げかけるのだろう
6月の梅雨に滴る あじさいの紫に 煤煙の黒が混ざった 肝臓が肥大して 膨らみ 膨らみ 薄桃色のバラと 真っ赤なカーネーションをピンで留めた 心臓を押しのけ ぷすぷすと 車やオートバイや金属やプラスチックのガスを噴出し 肉の穴から白目を剥いた はちきれそうに赤ら顔の にっぽん の二本の足をくわえ込んで 咽喉を詰まらせた太鼓っ腹を ごろごろ転がし ごろごろ ごろごろ 凄まじい勢いで 弓なりの細身を平ぺったく楕円に均し はみ出たアンコを四海に排泄して 地球の皮から反っくり返った つるつるてんのカールされた島 さて その中でひしめく僕らは 超近代建築の粋を取り入れ 垂直に 垂直に 人生をクレーンで吊り上げ 背伸びする新興地で 一面ガラスを嵌め込んだ目玉のサンルームに わずかな日照と 青空の切れっ端を確保する
立ち止まるとそこに 空っぽの容器があった 漏れ出てしまったのかも知れないと 振り返ってみたが 痕跡はなかった 太陽がギラリと光度を増し 切り絵のような黒い立方を刻印した 容器を満たす新しい水はなかった 大地は既に変質し 湧水は地表に拒まれていた 渇きを覚えて 変形した砂面を引っ掻く 徒労な掘削が始まった
君の眼の中に拡がる宇宙 つややかな暗黒に揺れ動く不安な瞬き 何を通信しようとしていたのか それは僕たちが見つめ合った一瞬 銀紙色のハッチを開いて 乗り出さなければいけなかったんだ 重力の愛撫をふりすて気密室の外へ しかしぼく達は優しい大気に色ずく決り文句の祝辞を交わし そしてお互いの軌道を見失った
雑踏する侵食の中で 大空を仰ぐ孤独な樹木 薄い皮膜のまぶたを閉じ 透明な体液の 静かな流出に耳傾ける 穏やかな秋陽との黙契 やがて樹木は 垂れ下がる冬日に 剥き出しの枝を逆立て 荒廃した地上を 怒る
ぶきちょな女郎蜘蛛が 勝手気ままに糸を張る あなた方のお気に入りの 水玉飾りのクモの巣らしいクモの巣を どうしてあたしが拵えなけりゃいけないの と、プリプリ腹を立ててるような 笑うな人間
乳房をふくらませた 明るい風が ぼくの森を駆け抜け あこがれや希望を うっそうと茂らせた薄暗い 樹木の下を 木洩れ日が渦巻き 手のひらに受け止めようとする 5月にさまよう ぼくを惨めにする 真新しすぎる明るさが 新緑にはぜ みずみずしい散乱の中で ぼくが保存した枯葉の ボロボロの網目が透かされる ぼくは ぼく自身森となって 撫であがる柔らかな風に すらりと伸び立ち 空いっぱいに張りつめた枝葉の 開け放たれたすみずみの管の一つ一つに 金色の汗をこぼしながら 触れ合う風 君を孕んだふるさと 青空を懸命に映して 無心でいたことなど一度も なかった
ぼくの手足 なぜ動かない? 目ん玉ばかりがでんぐり返ってギョロギョロだ 放ったらかしの目測だけが山積だ ぼくの手足 どうして動かない? 去年あの娘にふられちまって 失くしたネジが軋むのさ つなげた筋をたがえちまうのさ ぼくの手足 どうしてどうして動かない? 地軸が反転しちまって 時折ひたいを小突いた星も おいらの股がはさんじまった 手足なんか必要ないのさ 駅の時計は平気で25時を打つ 今日は昨日に尻押しされて にょろにょろ明日になっちまう ところてん式こんにちさ たがを外した時報だけが大はしゃぎ そのうち12月32日なんてなるだろう 発達した胴体だけが器用にごろごろ転がるだろう
サラダに飢えてサラダを食ってたら 朝のサラダを残らず食おうと熱心に食ってたら 食い焦ってたら 前歯が石をかじって歯が一本ポロリと欠けて 朝のすりガラスの部屋ん中にキョトンがいた 都会の喧騒も明る過ぎる公園の外光も透けて見えた ベンチも噴水もプラットホームもショーウィンドウも見えた ウィンドウを潜ったりくぐり抜けたり 水玉をつけた笑い声も透けて見えた 夕暮れどき 路地が凪ぎ窓辺が凪ぎ 街中が淡い色の一呼吸をしてひしめく表情もようやくなごみ 合図をし合った灯が次々に燈り 急いだ足音がドアの後ろに消え キョトンは薄暮のすりガラスの中に座っていた サラダは どうしよう? サラダを どうしよう?
あの人が去って行った路上に 置き去りにされたぼくの夥しい愛の分泌物を 明け方の塵芥車がさらって行った そこだけが真新しい空白 空洞はきっと昔愛した人の壊れかけた形をしているのだろう 食欲のない空腹が朝のテーブルクロスにしみを作り 緩慢な重量の不足が褐色の唾液を垂らす 灰色の飢渇にゲップする慢性の食欲不振 ぼくに触れるあらゆる事物が それら固有の確実さと輝きを発する以前に ぼそぼそと空洞に吸い取られてゆき 残される軽石のような光景 夕暮れのあいまいな空に ぼくは三度過ぎ去った昔を飛び立たせようとしたが どうにもならない不如意なものの存在が 巨大な赤みを帯びて空に広がり 時間と風景を 人と世界を酸化してゆく
8月がかじり残した 半欠けの光が 冷涼な空気の中 青い庇 肩をすぼめた窓ガラスに明るくはぜ 9月の朝が明けた 満水の空が 置き去りにされた呆けた地表を 水底を透かした優しい眼差しで 柔らかく掬い上げる 冷えたテーブルの表面で 固まってしまった脂や倒れたままのグラス 床を汚したアルコールや脚をなくして傾いたイス 雑然と取り散らかされた10月の暗い室内に 窓から深い青が流れ込む 遠くの方で さまざまな思いの大群 ただキラキラと輝き 幾すじもの繊維をひいて吸い取る真綿 白雲が流れる 微かにオキシドールの匂いがした
さみしい道を歩むとき さみしい風がなぐさめる さみしい者のやり方で 冷たく頬にクチづける 可憐な枯れ葉がからころと おどけた仕草で覗き込む 優しい月がうなずいて 青いショールを差し掛ける さあ 元気を出せよアルマジェロ 小さな影を抱き上げて さみしい時の深まりを 静かに照らせ 蛍ぐさ いつかまた あの10月の青空の美しい空虚に ぼく達で一杯に満たされることもあろうさ いつかまた世界の回転が ぼく達を交えた親しい祝杯を酌み交わすことだってあろうさ 脚を踏み鳴らして歳月の床を底抜かしてしまうくらいに盛大に 羽目板をひっくり返して転倒してしまうくらいに滅裂に
ゆうぐれ いつしか ものはみな おどけた突起 くろぐろとした地平にとろけた ゆうぐれ いつしか 巨大な街は肩をすぼめ 無言の輪郭がくっきりたたずむ たそがれた空が 今日を限りの大きな伸びを一つした Take it easy 気楽にやれよ! 暮れなずむ大気は 透き通った炭酸水と 果汁色の色彩カクテル 横様に寝そべった大きな雲が 緑色のグラス片手に ゆっくりと泳いで行った 架線の垂れた高架の上から Take it easy 気楽にやれよ!
私たち三度乾杯しない 夢色のグラスで ボトルは現実 なみなみついで 夢の容器を溢れさせない りく 海へ行こう うみ 丘がいいわ 空から高い丘へダイビングして青い青い海平面へ りくとうみ 私たち一緒に ああ ぼく達空から 太陽が嫉妬するわ ああ 星なんか目をクルクルさ りく 鉛色よ、海 ああ 空がべったり曇ってやがるんだ りく 腸がひりひり疼くわ ああ うみ 奥歯がきりきり痛むよ 限界かしら? 時間が肩で息をしてるよ 生活ね りく ああ 泡を吹いた時間だよ うみ 越えたいわ わたしたち 壊してしまおか いっそ僕たちの陽気爆弾で 木っ端微塵ね わたしたち ああ アンドロメダまですとっ飛びさ それ 血まめ うみ いや なみだ りく
私は坂道を登ってゆく 少年のように素足を輝かせて ここちよい秋風が 繊維のすみずみを通り抜けてゆき くすんだ体熱を奪っていった 私は坂道を駆けてゆき 頂上で 無数の血管から すばらしい青空を覗いた
腹がへったら空を食おうよ サクサクと 美しい空を 日々の食卓に しまい込まれた大皿を並べて 宙に浮いた思い出のグラス片手に あふれてくる悲しい呼気を飲み干すまで 腹がへったら空を食おうよ サクサクと 美しい空を どんなにしても もう 君のいないテーブルで スプーンはいらない 素手で手づかみで引き千切って カチャカチャ 思い出のフォークとナイフの 賑やかだったお喋りに耳傾けながら 腹がへったら 空を食おうよ サクサクと 美しい空を 君が消えてった淡色の空は 水色に固まったゼリーの空は 遠慮はいらない 腹いっぱい 食っても食っても減らないよ
青い地表の夜に 月が立つ その黄金の道筋を 私の 群青の心が昇っていく リンとして寂しいか 昼の割れる夜の 夜の割れる夜の崖の 内転する 無明の荒野に 無限遠のコヨーテが 金属の悲しみを吠えている 記憶のガレ場に じっとうっぷしたまま 耐えている背肉を 粗い風がめくってゆき 水平にうねる流砂が ゆっくりと喉を埋める 幾つもの穿たれた穴はふたがれ 緩やかな窪みのそこかしこに 冷たく冬の凝結する 一点 一点 十字を切る方解石が 激しく転がっているんだ*内転は私的語
ひかり かがやくまでに 分極して 肉の 内なる細胞の すみずみまで くまなく すみずみまで くまなく あの なにか 思い 出の いの 血の 満つる 水色よ あれかし 泡立つ昼の 後頭が倒れてゆく 日々の このどこか へいめんを起こち割りて 沈んでゆく 記憶なき種子の 断層する 息づまる発芽の 瞬間が双葉を開く 鮮緑よ あれかし 首まで埋まった 頭蓋骨の荒野を 記憶のコヨーテが ウォンウォンと鳴いているんだ 眠たげな目付きの台所よ
泣いちゃたよ今夜ぼくは この何か 世界というやつの中で たった一人 小さな鉄の玉に縮こまって 余計な水分が流れ 風景をそっくり吸い込んだ眼球の切れ目から 観念の水路を通って ポツネンと 頬がとても丸く しょっぱい って、独りごちして笑っちまったよ 深夜 ちびた鉛筆が情けなくて 繰り言を並べている子供のように このぼくの体温の 鉄の玉はどこにも転がってゆけなくて ゆけなくて、じんじんとして
お菓子屋の看板が見えていたし 歩道端の排水溝にはコーラの缶がひしゃげていたんだ たかを括っていたんだよ 今年もまた桜が咲くかって でも、みるみる咲いてしまって 圧倒なんだよ 私達いつも新しいのよって 桜でいっぱいなんだ とめどなく後から後からいっぱいなんだ 目ん中が桜だらけで 花びらが吸い付いてくるんだ 水玉をはじく花びらが うすい唇でしっとりとやわらかく 白いピンクの着衣を透かせて 何もかも私達だけよって 眼底に貼りついてくるんだ 俺も花びらのように透けちまって 何だか気もそぞろに 並木の下を歩いちまったんだ そう、お菓子屋の看板を横目に
冬は父 母 春一番 冷たいグラスを三度飲み干し 寝乱れた裾も露わに 乱れた髪を吹き荒らす 酔いつぶれた母の後を追って 春かぜ 白いブラウスの胸のホック一つ外した 父を知らない娘達 恋人は青空 樹木をくねらせ 光 ちりばめ 春 合歓 真っ新なシーツの青空のベッドで 花びらが舞い 姉達の残り香を追って 父を問う息子達 緑の風 緑の精子を発散しながら 肌を光らせ 若い思想の宣伝者 木々を染め、草をぬり変え はびこる死体の皮をはぎ落とす 目覚しい緑の活動
なめらかに独楽が回転を始める 片隅に好ましいせわしさが溢れる 計画された時間の脇を 柔らかな空気が流動している 振り向けばそこに 光が積もっている 雲のような無意識で 風に流れてもいいんじゃないか と、一本の樹木を見ながら考えている 木(き)目がふくらんでいる 樹幹に微風を流しながら不動に垂直する 木をながめている 太い幹に枝分かれ気流は乱れて微かに揺れる 木をながめている 数本の幹に枝分かれてゆすらゆさら揺れる 木をながめている 幾十もの枝に分かれてぐゆらぐやら揺れる 木をながめている 無数の枝梢の葉叢が空涯の海藻のように狂っている*空涯は私的語
水ぬるむ季節 一つの峠を越え さまざまに歩み来た道も ある一つの 均質な道に連なり 君もぼくも 既に踏み均された てかてか光る土の道を さらに又踏む ぼく達はたいして違わないのに どうしていつまでもそれぞれの孤独を歩み続けるのだろう 同じ顔付きをして同じ足取りで 同じ思いで世界の傾斜を転がり続けながら 水ぬるむ季節に又一つの春がぬかるむ 新しい生殖が 赤茶けた断層をはだけた谷間に充ち ぼく達の日々で詰まった鼻腔を刺激する ぼく達は決して許されないだろう ぼく達がかつて生活を許さなかったように そして ぼく達の寡黙が固めたなだらかな地勢の地盤がゆるみ 異質な地滑りがぼく達の頭上を襲うだろう
梅雨が荒れ でたらめな雨脚の 乱れた雨音が屋根やら何やら ところかまわず打ちつけ 夢うつつに 塞ぐことができない口から 泥の水を呑み込んでいた 一夜明け 泥の味を反芻するぬかるみを 雨戸の隙間から 光の薄刃がスッと渡り 皮膚の上で体毛がそよいだ 昨夜の遮蔽を 乳白に隈取られた腕が解き放つ 美しい朝だ 緑が束になって発色していた 下半身光りに浸かり 伸び上がる上体は 洗われたばかりの剥き出しの繁茂をからませていた 光の器は贅沢に壊され あたり一面さんざめく光の破片が散乱していた くっきりと空は青く 今しがた千切ったばかりで ふっと指先から離れていったというような 白綿の雲がゆっくりと流れてゆく 気道の奥底から 美しい朝だ つぶやきがこぼれ 明るい空を映した眼底の湖水に 波紋がくりかえし拡がってゆく そういうことか ふふっと笑いが葉っぱを転げ ただ 幾度も すぐさま粘着に覆われてしまうだろう 緑と光と空を 見開かれた眼いっぱい網膜に光映しながら ただ 美しい朝だ と 幾度も
太陽が怒っている つながれたもの供の じっと耐えるしかなく 思い知らされて うなだれて歩く 夏の日々の 人気(ひとけ)なく 暑い路に 子供が一人 4本の足で這いつくばって 己の創った影のカエルと にらめっこしている