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1.春うら、ら   *** 赤色 は自選、クリックで開きます。(開かない時は▲をクリック)

日がな一日 亀さんたちは
陽射しの降り積む大気の底へ
そっくり首を突き立てて
鼻提灯なんか灯しながら
ところ狭しの岩小島
不動の形姿で 一体
どんな万年の夢をば
うっすら瞼で 食んでいるのかしら?

ちょっと 三味でも爪弾きたくなるじゃないの
そう いつもどおりが行き過ぎる
往来端で歩を停めて
じんわり
素肌が汗ばみ
心衣もはだけたくなる こんな
ひなた日和には

                           2024
2.世界アングル


がんセンターの駐車場のはじっこで、大まかに刈られた雑草の斜面を見ている。
昼下がりのゆったりとした秋陽のたゆたいを、急ぎ足のシジミ蝶が小さく乱す。


私の病気はえらく珍しいらしい。今ではあまり聞かれなくなった‘良性のがん‘の類いと理解している。
発端は、車の免許更新での時間つぶしの献血だった。後日、日本赤十字社からの申し出で再検査を勧められた結果、異常値が間違いない事が判明、 恰幅のいい医師二人とソーシャルワーカーと思しき年配の婦人を交えた物々しい面談で、一刻も早い紹介病院の受診を勧められた。 病名が確定する1ト 月ほどの間、それまで何処にあるのかさえ知らなかった医学書に大書店の隅で釘付けになり、 我が身に該当しそうな項目群の黒く光る活字一つ一つに打ちのめされ、茫洋とした三途の川べりをふわふわ伝い歩きしている風だった。
紹介状を携えた初診の大病院の待合で、うちそとがでんぐり返って、黒一色の‘たどん‘のように、ひたすら縮こまって宣告のその時を待っていた。 闇に隈取られた世界の天空から、降り注ぐ光線を逆回収する‘とばり’が降りて来て、遠くで小さくなった待合の誰もかれも、その時の恐怖に耐えているように思えた。 検査を重ねて、医学書でぶち当たった、生まれて初めて目にするおどろ脅しい病名の羅列に挟まっていた、 やはり名だけは負けず劣らずの診断名が確定した途端、あの狭窄した待合のねっちりとした闇の霧が嘘のように晴れた。 呼び出されるのをただ待つ退屈を神妙に凌いでいる、靴先からよそ行きの出で立ちで身を固めた老紳士や老婦人、 大きなガラス窓に身を寄せ掛けて携帯での連絡に余念のない作業着のままの中年男性、 じっとできない我が子をすぼめた声で宥めている若い母親などなど、病気という目に見えない現代のスティグマを刻印されて、 偶然居合わせた同じ時をそれぞれにやり過ごすしかない様々な人々の、消毒臭が静かに漂う待合室の光景になった。

数年前、がんセンターに転院してきた。病状の進行という訳ではなく、主治医の移転に伴って勧められてである。 既に私は二人の友人を癌で亡くしていた。放射線治療に通う縁者もいる。 ひと昔前のように、俄かに余命いくばくを観念しなくちゃいけない病いでは今はもうあまりないとは言えまだまだ、 予定された明日の突然の陥没に思考の歯車が宙を舞う、 地軸の回転が止まったような生のつんのめりに見舞われるのに変わりない。 そんな日々の停止を、手探りで何とか動かしてきただろう人達ばかりが集まるセンターの初診日、 そこは特別な空気に包まれているんじゃないかと緊張していた私だったが、 ターバンのような帽子状のものを被った女性達がちらほら見受けられはしたが、 地続きの地雷原を身近で歩む他の人々と特段変わった様子もなく、 設備の整った大きな病院の拍子抜けするほどありきたりな待合だった。


が、それも、未見の海に漕ぎ出す心の小さなさざ波が、見知った海の広大な凪面に打ち消される狭間で、 降り注ぐ秋陽を網膜の球面に湛えた、取り敢えず静まった真空の水面に映る一つの光景なのかもしれない。

2024


3.指折り思案


世の習いに倣らうことをいつしか
呑み込んでしまえるようになったのは
成熟だろうか?、退歩だろうか?、、、

個々人の平坦に均せない塗り壁と
滑らかに整形された輪郭で覆い被さる人工社会の壁面と
継ぎ目が合わさらないキ裂を情報のすきま風が吹き抜け
ギザギザ
軋む空から電数字の命が明滅する世界が片目で覗く

人の生きるって、、、?
今さら声に出すのは恥ずかしい、のは何故?
現代の哲学は、意味を求めるのは止せ、と云う
現代の科学は、DNA を継承させる為さ、って諭す
草木や虫や
魚や鳥や獣たちのようにはヒトは
潔く死んでゆくことに全く自足できない
やくたいもない生物の異端児なんだ!

考えを捏ねくるよりか先ずは活動してみることだよ、って
光を纏った実際家の口笛が風に乗って追い越してゆく

何年生きても心の谷のもやは晴れず
風化した崖の上のあばら家の縁台で
地崩れの不安に散り積もった朽葉を被せて
残された巡りの日かずを掘じくり出しては埋め戻す

                                        2024

4.スーパーに向かう道すがら


スーパーに向かう道すがら
買い物手押し車に引っぱられて
腰の曲がった小さな老婆が
車道向かいの歩道を歩いて来る

昔の俺よ
哀れみの目で見やるな
肉や野菜や惣菜をリュックに背負い
入り切らないネギやパンをビニール袋で手提げて
わしもスーパーから帰ってくるんだ

追い抜いてゆく運転手の視界にチラリと
そこはかとない惨めさが掠めてゆくだろう
だけど 昔の俺よ
そうじゃないんだ

事件になれば職業無職のわしには
買い物か病院ぐらいしか外に出かける用事がないんだ
懐の乏しいコンパスが示す狭い円内で
未逹の日めくりを繰りながら
かと言って
目的なしの散歩が何と意欲を要するか
だから わしは きっと老婆も
必須に連れられ 歩いているんだ

何一つ遊楽の扉もない街外れの決まった道を
低い家並みの向こうに染まってゆく空を見上げて
わざわざ 歩いているんだ

                                    2024

5.神戸の思い出


初めて見た野外の魚、メダカ。 戦後しばらく経った幼少期、神戸は主な通りが御影石で敷き詰められた当時でも結構な街で、 と言っても、近郊の農家から買いに来るという糞尿桶を満載した大八車が、所構わず糞を落とす馬に曳かれて往来なんぞしてたけど。。。

坂下は赤錆びのガスタンク聳える煤煙工場地帯で海に出られず、 横にばかりヒョロ長い猫の額の斜面に横列でひしめく家々の路地を逃れて、 時々息のつける広々とした所へ行くのに、子供らは自然と坂上の山に向かった。

いつもは、タコツボの周りに焼け錆びた鉄兜と飯盒と軍靴が散らばる高射砲があった山のてっぺんを目指して稜線をゆくんだけど、 そこまで辿り着くのは稀で、途中にある所々の切り通しの土壁面にハチの巣に空く穴をほじくって機関砲の真鍮の弾丸を見つけるのに足止めを喰らうのが常だった。

たまに誰かが言い出して、沢蟹と赤腹(イモリ)に驚く川筋を行くこともあって、傾斜が急なので沢筋にはちょっとした淵が幾つもあり、 そこにメダカが群れをなして泳いでいた。

ヨレヨレのランニングシャツの腹側の両脇を指でつまんで、 腰まで水に浸かって、群れが近づく機を狙ってセイっとばかり掬い上げるのだけど、 急角度で一斉に方向転換する一瞬の腹のキラメキが残るばかりで、一匹も取れた試しはなかった。

2024


6.あなたの命と共に


あなたの命と 共に
女と男に被せられた
光る感情の絹で織られた世界のクロスが
すべり落ちていった

年月に擦られて
もう何の凸凹も失った平面地で
引っかかりのない娘たちが
今の速さで擦り抜けてゆく

中心都市の秘境から
噴き出しつづける若い間歇泉の
ぬる冷えた飛沫の霧も
拡散する粗目の縁地には流れつかない

親しかった感情は 土中にある
高速を分流して渦巻く中空の滞留を漂う
旧式のアンテナを茜空に突き刺し
聴き取れない生のチュウニングを合わせる

                              2025

7.今更ながら、君へ


僕のセクスは 貴女の肌に触れたかった
でも 貴女が壊れてしまう のが怖かった
貴女が 壊れる恐怖を胸底に沈め
貴女のセクスを開きそうで 怖かった

大動脈解離の術後のベッドで
面会を許された僕の顔を見たときの
小娘のような貴女の 嬉しそうな笑顔
階段ホールで 貴女は突然 僕をギュッと抱きしめた 胸のふくらみ
また来るね って言って 僕はひたすら階段を降りた

貴女は資産があり 僕は困窮していた
貴女の優雅な暮らしを 当てにする自分が嫌だった
せめて自分の暮らしを成り立たせるまで 時間が欲しかった

あなたには喪失の大きさが分からないのよ
電話口の向こうで彼女は泣いていた
ボクは死んだダンナの穴埋めなのか と疑った
それ以上の 深くて暗い穴ぼこの底で
どうしようもなく助けを求めている
のを知りながら僕は
何も 言えなかった

貴女が言って欲しかった言葉を
そんなにも人を恋うる心を 育てることの出来なかった
孤独に洗われた僕の 不毛のデザットの虚空に紛らわせるまま
嫉妬すら 感じたんだ

白い花に埋ずもれた白い貴女の寝顔
ボクは 悲しい?
触れたくなくて ジッと見つめた
幸せだったなら キミの血管は耐えられた?

貴女は僕の中で生きている
でも でも 君の身体 君の声 君の笑顔 もう何処にもないんだ
粉に轢かれた悲しみが窓辺に積もる
ねっ 分かるでしょ
僕に同意を迫るように

                                               2025

8.老いらくセクス


精液が 透明になった
抗ガン剤のせいか 歳のせいか 分からなかった
若い頃 あれほど秘したかった 白い精液のネバ付き
噎せかえる初夏の 栗の花の匂いが消えた

体液のような精液になって
熱い 充血する 反り返る 勃起がなくなった
沸点に達っせない フニャっとした射精になった
身体は 染み付いたオーガズム だけは覚えていた

50代半ば
思いもかけない 夢精があった
なぜか 嬉しかった

その頃 若い女性への視線は エロスで隈取られていた
エロスの視線で 見返されることを感じた
離れていても 反発のコミニュケーション があった

今はもう 街ですれ違っても 電車で対面しても
彼女らは 物のようにしか 見ても いない
眩しすぎて こちらが 正視できなくなって しまったからか?
生殖可能のあるなし が分かるのか?

抽斗に仕舞った大切な世界 がニビ色になる
自分一人の観客しかいない舞台で
自分一人の生命の芝居 を観る
中央に立て掛けられた書割り扉の ドアを開けて
若者達で匂い立つ 賑やかで無関心な街並みの外れに
足萎えた演者は 紛れてゆく

                                        2005


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