日がな一日 亀さんたちは
陽射しの降り積む大気の底へ
そっくり首を突き立てて
鼻提灯なんか灯しながら
ところ狭しの岩小島
不動の形姿で 一体
どんな万年の夢をば
うっすら瞼で 食んでいるのかしら?
ちょっと 三味でも爪弾きたくなるじゃないの
そう いつもどおりが行き過ぎる
往来端で歩を停めて
じんわり
素肌が汗ばみ
心衣もはだけたくなる こんな
ひなた日和には
2024
2024
世の習いに倣らうことをいつしか
呑み込んでしまえるようになったのは
成熟だろうか?、退歩だろうか?、、、
個々人の平坦に均せない塗り壁と
滑らかに整形された輪郭で覆い被さる人工社会の壁面と
継ぎ目が合わさらないキ裂を情報のすきま風が吹き抜け
ギザギザ
軋む空から電数字の命が明滅する世界が片目で覗く
人の生きるって、、、?
今さら声に出すのは恥ずかしい、のは何故?
現代の哲学は、意味を求めるのは止せ、と云う
現代の科学は、DNA を継承させる為さ、って諭す
草木や虫や
魚や鳥や獣たちのようにはヒトは
潔く死んでゆくことに全く自足できない
やくたいもない生物の異端児なんだ!
考えを捏ねくるよりか先ずは活動してみることだよ、って
光を纏った実際家の口笛が風に乗って追い越してゆく
何年生きても心の谷のもやは晴れず
風化した崖の上のあばら家の縁台で
地崩れの不安に散り積もった朽葉を被せて
残された巡りの日かずを掘じくり出しては埋め戻す
2024
スーパーに向かう道すがら
買い物手押し車に引っぱられて
腰の曲がった小さな老婆が
車道向かいの歩道を歩いて来る
昔の俺よ
哀れみの目で見やるな
肉や野菜や惣菜をリュックに背負い
入り切らないネギやパンをビニール袋で手提げて
わしもスーパーから帰ってくるんだ
追い抜いてゆく運転手の視界にチラリと
そこはかとない惨めさが掠めてゆくだろう
だけど 昔の俺よ
そうじゃないんだ
事件になれば職業無職のわしには
買い物か病院ぐらいしか外に出かける用事がないんだ
懐の乏しいコンパスが示す狭い円内で
未逹の日めくりを繰りながら
かと言って
目的なしの散歩が何と意欲を要するか
だから わしは きっと老婆も
必須に連れられ 歩いているんだ
何一つ遊楽の扉もない街外れの決まった道を
低い家並みの向こうに染まってゆく空を見上げて
わざわざ 歩いているんだ
2024
2024
あなたの命と 共に
女と男に被せられた
光る感情の絹で織られた世界のクロスが
すべり落ちていった
年月に擦られて
もう何の凸凹も失った平面地で
引っかかりのない娘たちが
今の速さで擦り抜けてゆく
中心都市の秘境から
噴き出しつづける若い間歇泉の
ぬる冷えた飛沫の霧も
拡散する粗目の縁地には流れつかない
親しかった感情は 土中にある
高速を分流して渦巻く中空の滞留を漂う
旧式のアンテナを茜空に突き刺し
聴き取れない生のチュウニングを合わせる
2025
僕のセクスは 貴女の肌に触れたかった
でも 貴女が壊れてしまう のが怖かった
貴女が 壊れる恐怖を胸底に沈め
貴女のセクスを開きそうで 怖かった
大動脈解離の術後のベッドで
面会を許された僕の顔を見たときの
小娘のような貴女の 嬉しそうな笑顔
階段ホールで 貴女は突然 僕をギュッと抱きしめた 胸のふくらみ
また来るね って言って 僕はひたすら階段を降りた
貴女は資産があり 僕は困窮していた
貴女の優雅な暮らしを 当てにする自分が嫌だった
せめて自分の暮らしを成り立たせるまで 時間が欲しかった
あなたには喪失の大きさが分からないのよ
電話口の向こうで彼女は泣いていた
ボクは死んだダンナの穴埋めなのか と疑った
それ以上の 深くて暗い穴ぼこの底で
どうしようもなく助けを求めている
のを知りながら僕は
何も 言えなかった
貴女が言って欲しかった言葉を
そんなにも人を恋うる心を 育てることの出来なかった
孤独に洗われた僕の 不毛のデザットの虚空に紛らわせるまま
嫉妬すら 感じたんだ
白い花に埋ずもれた白い貴女の寝顔
ボクは 悲しい?
触れたくなくて ジッと見つめた
幸せだったなら キミの血管は耐えられた?
貴女は僕の中で生きている
でも でも 君の身体 君の声 君の笑顔 もう何処にもないんだ
粉に轢かれた悲しみが窓辺に積もる
ねっ 分かるでしょ
僕に同意を迫るように
2025
精液が 透明になった
抗ガン剤のせいか 歳のせいか 分からなかった
若い頃 あれほど秘したかった 白い精液のネバ付き
噎せかえる初夏の 栗の花の匂いが消えた
体液のような精液になって
熱い 充血する 反り返る 勃起がなくなった
沸点に達っせない フニャっとした射精になった
身体は 染み付いたオーガズム だけは覚えていた
50代半ば
思いもかけない 夢精があった
なぜか 嬉しかった
その頃 若い女性への視線は エロスで隈取られていた
エロスの視線で 見返されることを感じた
離れていても 反発のコミニュケーション があった
今はもう 街ですれ違っても 電車で対面しても
彼女らは 物のようにしか 見ても いない
眩しすぎて こちらが 正視できなくなって しまったからか?
生殖可能のあるなし が分かるのか?
抽斗に仕舞った大切な世界 がニビ色になる
自分一人の観客しかいない舞台で
自分一人の生命の芝居 を観る
中央に立て掛けられた書割り扉の ドアを開けて
若者達で匂い立つ 賑やかで無関心な街並みの外れに
足萎えた演者は 紛れてゆく
2025
真っ暗な希望の穴を 精一杯、腕を伸ばしてほじくっていると どうにも指先が届かない曲がりくねった天井から ほつり、ほつり、と 発光する蛍が落ちてきて 闇の穴を漂いながら 腕をつたい穴の外へ 外光に紛れて見えなくなった 両岸から草が覆い被さる緑暗の底を小川の流れる いなくなった蛍は白昼 見えないけれど きっと草場に潜んでいるに違いない 岸辺の遊歩道を 向こうから 所在なさ気な老人が歩いてくる すれ違う淡い、合せ鏡のはにかみ 無聊の気配が後ろに流れてゆく 空を見上げる 空の空(くう)に、もう一度、見えない腕を差し入れる 2025
信じる訳じゃないが あの世があってもいい、と思う だってもう、今は この世は寂しく あの世は賑やかだ 三途の渡しで 顔のない渡し守りに“乗りますか”と聞かれたら “ああ”と頷いて乗り込みかねない 先の二途の分かれなど考えもせずに
晩秋の湖畔だった。雪を降らしそうな厚雲が山腹を呑み込み、紅黒く変色した広葉樹の枝葉が裏返って狂った様にしなっていた。
灰色の風に吹き曝された遊歩道の舗石の上に目が止まった。鮮やかな、透き通った若緑。大きなキリギリスだった。
身動きしなさそうに見えて、片側の震える前足を前に伸ばし、地面をよじ登るように、ゆっくりと体を前に引き進めていた。
もう何処に行くあてがある訳でもないだろうに、ただ、動く命を動く限り動かしていた。曳きずるしかなくなってしまった跳ね足に、
たくさんの小さな蟻が群がり、振るわれてはしがみつく。
あの世というのは 無心の死 を受け入れきれない人間の発明なのだろう だから だけど 信じる訳じゃないが あの世があるなら 先立って逝った憎らしい懐かしい人たちと又 冗談を飛ばして笑い会えるだろう あまり多くない毎日が今は長いこの世ではもう 無いに等しい談笑を きっと素晴らしいキリギリスも 目の前を跳ねているだろう 2005