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2006
1.<2006年 年賀>  *** 赤色 は自選、クリックで開きます。(開かない時は▲をクリック)


時代に贈られた
不安なぼくらの
長らう生命(いのち)の時を
未曾有の世界を
ぼくらは果たして
肩よせ合って
生きてゆけるだろうか?

いつの間にかすっかり
エゴイストの君に

2.自己責任ブーメラン


空よ
流れゆく雲よ

ぽっかりと
ぼくはこうして生きているが
残された時の崩れる
急速な傾斜面を
生活の吐息が吹き上がる

我人の
ちいさな切なるせせらぎが
巨大な地勢に吸い込まれ
わずかな自由水が
きまって鋳型のように流し込まれる
行き場のない平底の谷地(やち)で
海への斜度を見失う

間断なく均された
微粒の泥土のあきらめの
チョコレート色の表皮がめくれる河床の下で
決して乾かない泥間から
ふつふつと
メタンの怒りが湧き上がってくる

それはお前の責任か?

無言の谷間に
聳え立つ空中壁画の
磨かれた鏡面に木霊して
ブーメランの形をした
問わされた問い掛けが
無人の競技場を
ぐるぐる追いかけてくる

移り気な空よ
気ままな雲よ

冬枯れた葉っぱに塞がる習慣の水路脇で
ひっそり
春立の息吹を逆立てる細枝の
樹木の心音の
微かに細動する白い網目に
硬化した血管の毛細を繋いで
チョコレート色の忸怩を漉しさることはできないか?

我人に残された
たった一つの
衰滅という武器を持って

3.ネクザスの丘


ネクザスの丘の上は、荒れ地です。
かってそこに暮らした人たちは、今はいない。

目的を解かれた生活の残骸が
静かな物の面もちで
半身をガレキの中に沈めて横たわっています。
時折、ぴかっと光ったりする。

ガラス片?
かって内外(うちそと)を薄く区切った窓ガラスの砕けた思い出
それとも、石英?
生活が遭遇することのない太古のマグマの挨拶

うす目をあけた空がささやきます。
「起きなさい!」

春の光に命じられて
ぽっかり
背伸びする手のひらのように
ヒヤシンスの葉つぼみがガレ地に顔を出す。

かってその地に住んだ人が地中深く忘れていったもの
だいじな宝物を守るように
丸あるく合わされた緑の手のひらの葉かごの真ん中で
お寝坊な花つぼみは何枚も布団を引き被って丸まっています。

でもほんの少し暖ったかくなれば
緑の襟から細い首をすらりと伸ばして
撫で上がる明るい風に
ふじ紫のドレープをなびかせながら
輝くヒヤシンスのお嬢さんが
みずみずしく着飾った花星のスパンコールを弾かせます。

もう誰かに愛でられるためではなく
置き去られたガレ地深く
かすかな野生が紡いできた
ちいさな球根の夢を
明日(あした)の丘の上につなぐために

4.洪水の朝あけ


激しい 夜の驟雨の 引き篭もる土砂 ぶりに埋まって
うずくまる 屋根の背を たたく轟音の 水しぶく砕ける
突き出す 庇のけたたましい ふるえ
溢れ出す 際の雨樋 の
仰向けに水ずく 地の 皮の 音の めくれ
低い れん めん 呪詛する水の
重い れん めん ぐしょぐしょの

肉体を 割って流れる 濁流の 筋肉(マスル)
泡うず 巻く 茶濁した 奔流
水没する 鼻腔の縁に 取り残された 空間
暗がりに 落ちてゆく 空洞の 瀑布
かいしょく(灰色)に 黴る 天井の響
びちゃびちゃ 何もかも びちゃびちゃ

用水路の 吹きだまる 静止は流され
こびりつく 側溝の 観念は擦られ
角の取れた 想い出の小石よ さようなら
ロールペーパーの毎日よ 流れゆけ
糞の付いた怠惰よ 一緒に

取っ手のない 夜明けのドアの 前で
ふいに訪れる 漏斗状の 静寂
しめやかな水滴 の匂い
もうすぐ一番鳥が鳴くだろう
いくたびも始まりを産む 鈴なりの
時の雨粒を啄ばむように

5.トンネルを抜けた街

長いトンネルを抜けると、やはりそこは、ゆるやかに下ってゆく傾斜盆地を、毎日の屋根がいちめんに埋(うず)める街だった。 一本の太いアスファルトの道路が、穏やかな陽射しの降りそそぐ、午後の盆地を縦に貫いて、明るく翳のないモザイクの家並に隠された、 幾本もの横道と交差しながら、はるか向うの、キラキラ光るガラス片のモザイクのような丘の上へ、つっーと細りながら消えてゆく。 時折、ミニチュアの車が行き交い、エンジン音やクラクション、何処からともわからない何かの機械音が、遠い風景のような他人の音で響いてくるが、 不思議と人気(ひとけ)ない濃密な静寂に包まれた、ありふれた街だった。 街は、降りそそぐ温和な陽に浸かり、白い筋を引く半透明の光のエーテルが、どの家屋の床上までも浸水していた。

もしこの街の頭上で、たった一発の核爆弾が炸裂したら、たとえ旧型の一発でさえ、この街は壊滅するだろう、 その空の下で、どれだけたくさんの見えない人々が、それぞれの見えない嬉しい、見えない悲しい、見えない楽しい、見えない苦しい、見えない寂しい、 見えないそれぞれの屋根の下の人生を営んでいることだろう。 ちょうど私が、長いトンネルの向うに、限りなく透き通った緑青の、一面にたゆたう海の眼前をかつて夢みていたように。 手掘りの暗い洞窟の、ごつごつとどこもかしこも角ばった岩肌が、手探りでぶつかる肉に食い込んでくる私の感触は、 上空から街を見下ろすエノラゲイのパイロットには決して見えていない。

長いトンネルを抜けると、やはりそこは、ゆるやかに下ってゆく傾斜盆地を、毎日の屋根がいちめんに埋(うず)める街だった。 街は、降りそそぐ温和な陽に浸かり、白い筋を引く半透明の光のエーテルが、どの家屋の床上までも浸水していた。 私は、ズボンの裾を捲し上げ、脱いだ靴を、靴紐を結わいて首の両脇にぶら下げると、ヒタヒタ寄せるエーテルに素足を浸して、 水没してゆくアスファルトの道を、ゆらゆらしたモザイクの街の底を目がけて、じゃぼじゃぼ下って行った。 まるで、背中の感熱板に南国の直射を受けて、肩の付け根から幾本も分岐したマングローブの、細長い指がひっそり浸かる澄みきった汽水帯に、 たくさんの波紋をぶつけ進みゆかせるかのように。歩を進めるたびに、小さなエーテルの渦巻きが白い尾を引いて、くるくる回っては消えていく。 脳髄は、このエーテルを撥ね散らかせないだろうか、水浴びする小鳥の空に撒き散らす逆シャワーのように、 あるいは南国の、ソンクラーン(水掛祭り)のように誰彼となく、などど脳天気に考えている。

* エノラゲイ;広島に原爆を投下した搭乗員達による B-29戦闘爆撃機の愛称

6.パスカルの花火


それが空虚だからといって
もしぼくがぼくの茎を手折ってしまったなら
にんげんは簡単に崩れてしまう

それでも朝がきて、夜がきて
雨がふり、また晴れて
ぼくの植物性は風に吹かれている

地の上をたたかえ
誰かの闘いではなく
きみの永遠の動物性を

空っぽのストローから覗く
夜の宙(そら)の壮大な無意味に
皺がれた種子をはじかせよ

たとえそれが
激しく交配するけし粒の
たった刹那の彩りの
火粉(かふん)の落下であるとしても

7.夏の終わり


夏の終わりの
急にストンと落ちた夜の底の
つややかに溜まってゆく見えない音を聞いている

秋虫がすだき始めた、もう。
そう、今年の夏はみじかかった。

ほんとうは生きるのに大変だったが
いつもの年と同じで
残像する差したる思い出があった訳でもなく

ああ、やたらアゲハが多かったな
いろんな、黒や黄や緑青のビロードの
どれもとてもきれいな縞模様で
ハッと眼を上げて追ってもすぐに視界から消えてしまう

蝶たちは知っていたんだな
みじかい夏を
あジーぃあジーぃとへたれていたのは人間様ばかり?

後になって想いにふけっている
孤独な机で
漱石の口絵写真のように片肘ついて小首を傾げ
ただ漠然と
忽然と消えてしまった蝉の亡骸の音(ね)を

8.恋心


たすけてくれ、と
叫ぶ相手(ひと)もなく愛を
語る自分(ひと)の眼のおくに沈んだダークブラウン

閉じたパレットで捏ねられた色は発色しない
あなたの暗証番号
わたしのパスワード

孤独な時代の天井から
のんのん
降り積もる不幸の綿ぼこリ

道を迷えさ
自分(ひと)の道を
相手(ひと)の森を

朝目覚めてから夜寝る間際まで
いつも自分(ひと)に予定されて
少しづつ輪郭がぶれて生きている

今よりもいつもちょっと先に
不機嫌な不幸が笑顔で出迎えてくれる
相手(ひと)のいないランチテーブルで

食傷した明日の未来の献立よりも
生(なま)の他人(ひと)をほおばれよ、雑菌まみれの
エロスの香気心を燻らせて

きみが、昔
人生を初めて気付いた頃の
光る青草のように

9.訃報


訃報はいつだって突然
そして
ぼくの世界の底が-しん-となる

忘れていたドアが
ノブが回り
向うを向いた小柄な背中の
なつかしい人がまた一人出て行った

黒いシルエットの
肩口の縁(へり)から照らされる
白い -ひかり-

目の奥が眩むつかの間
あの人やあの人やあの人の
入り混じり合った他界のにぎわいが聞こえたが

その
-ひかり-には
いつまでたっても
慣れる-ことができない

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