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  [ちちははへの恨み歌1]

日々が昏倒する/剥がれ落ちる表皮に/音を立てて沈み込む/いちめんの円錐形の夕闇の/ 奇怪な樹状ネットに絡まれて/仰ぎ見る西空の/一直線に夕焼けて/眉弓の翳りが赤銅(あかがね)る/ 胸底(むなぞこ)の壁土の輝き立ち/遠い記憶の底地(そこち)が燃え上がり・・・


おかあさん
あなたはわたしを産みました
茜さす 1人ぽっちの
陥没するおでこに
ごうごうと
染色されたナイヤガラの滝濡れて
朱黒の淵へ落ちてゆく

おかあさん
あなたの求める息子は
一度もあなたを求めたことはなかった
許すことすらできぬ遠景を
永久に言葉交わらぬまま
あなたの小さくなった背中が
一点のミストとなって
消えてゆこうとする

夕闇の底割れる
お歯黒緞帳の向う岸へ

       * 朱黒は私的語

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  [ちちははへの恨み歌2]

貧乏な家庭に生まれた息子は
こうして
貧しい心になりました

お金がなかったからじゃない
愛されたことがなかったから

人一倍世間体を気にした二人の庶民は
大戦による傷痕を押し黙ったまま
ひたすら戦後の流民の煤煙都市で
張りぼてのような家庭を汗みずくで守り
新しい日本国憲法の扶養義務を
旧い庶民の律儀さで
立派に果たしてくれました

語る言葉を持たなかった以上に
舌先を染める替わり玉のような
人間の言葉を軽蔑したあなたは
己の過ごした青春も何も語らなかった

でも おとうさん
言葉ではなく
どんなに思い出そうとしても
息子の身体は
一度だって若かったあなたとの楽しかった記憶がない

尋常小学校卒の
若い夫から馬鹿な女といわれながら
旧弊な夫が嫌う生活の補いに身を粉にしながら
無学な若い母は息子に何を求めたの?
戦後の社会がばら撒いた
欠損した愛の補填?
あなたが近づくといつも貧しい性の匂いがした

襖のむこうの巣穴のような闇の中に
息を押し殺したあなたたちのまぐわいを発見したとき
中学生の息子はなぜかこころ
嬉しかった
取り繕いの張り紙の
黄ばんだ重ね張りの裏側でほんとうは
両親が窺い知れない愛でつながり合っている
のかもしれない
と信じられることは

愛された者は他者を愛する
生物のひとが摂理する
偉大なる愛の円環
息子が吸い込んだ洋式の普遍が
三つ児の魂に怪しく驚く
そこから独り
ぽつねんと取り残された
宇宙の寂しさ

長じて
性と愛が
同じではない程の知恵はついたが
まだ
生物の希望を
捨てる訳にはいかない

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たった一人の女(ひと)でさえ
愛するのは
ラララ
とても 難つかしい

愛からセクスを差っぴいて
残る2つのはだけた
エゴの台地が隆起する

包まれる
宇宙への冷却放射
夜の台地に
ぱっくりと割れる深い谷間
鳥瞰になだれゆく
足元を垂直してゆく底地を
ちらちら
蛇行する白い寂寥

遠く隔たった岸辺に
信じられる
しゃがみこんでいる一つの体温
小さな暖でいいから
侵食された崩れる砂礫の急斜面を
残された足取りで
ざくざくと
下りてゆきたい

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  [ちちははへの恨み歌3]

赤ちゃんはかわいい
にんげんは言うに及ばず
お猿さんも、もちもち
子犬のコロちゃん子猫のミャーもめちゃかわいい
ひょろひょろドテッの
べこっ仔や仔馬や子ヤギやバンビたんも
ほげほげぇの子豚っぽやウリ坊や羊っ子も
子狐コンコン子狸ぽんぽんイタ公坊やだってめんこいに決まってる
何ちゅーかって、ウサちゃんやリスっちょやネズ公だって
巣穴から出てきた日にゃぁめんこいめんこい
テレビでしか見たことないけど
猛獣の熊さんだってライオンだって虎だって
               こっ子はみんなかわいいラブリー
あのペンギンやアザラシやラッコのこっ子のもけもけってないよね
ピヨピヨぴよ子に子雀チュン太
ピャーピャー子燕ピャィピャィひばり
カケケケからすにギャギィギャゲェあひる、ああもうきりないね
ワシの子忘れちゃ困るって、鳶がくるりと輪をかいた
もちろん夕焼け空にね
ぷるるんって出てくるお魚さんや蛸やイカやエビだって
もうちっちゃくってプヨプヨでいっぱしで
でも昆虫やゾウリムシはちょっとね
蛇の子やおたまじゃくし、かわいいっていう人いるかもしんない
ところでオケラ、ありゃ何もんじゃい
とにかくだいたい、赤ちゃんはみんなみんな、めんこいきゃわいい

おかあさん、ありがとう
ぼくは全然おぼえてないけど
ぼくがこんなに赤ちゃんがかわいいのは
あなたがちゃんと
生き物の愛をそそいでくれた証だ

ものごころつく頃
ぼくはあなたの粘着が疎ましかった
それでいてあなたの粗雑な愛情が恨めしかった
ほんとうはほかの子のおかあさんのように
運動会のお昼時にはお弁当を広げたゴザの上から笑顔で迎えて欲しかった
遠足のお弁当を忘れたなどと嘘をつかずにみんなの前で蓋を開けたかった
めまいで何度も倒れるほど働きづめのあなたに
しょんないことだが
白髪混じりになった今でも
当然のごとく子を見つめるあなたの小さな目と
宙に浮いてしまう私の視線とは交わらない
煤煙の都会に押し出されて来た戦後の貧しい核家族のありふれた
親と子の断層を埋め戻す思い出がぼくには欠けているんだ
でもとにかく
生物の愛を信じさせてくれたおかあさんに
ありがとう、を言おう

昼夜連続三交代勤務の薄給に
狭々とした安普請の借家の中で
不機嫌な父親の異様に険阻な黒い眉間の皺に
いつも泣いてばかりいた小さな息子に癇癪をおこした
今から思うと
不如意と労働に疲れた若い夫から逃げるように
しゃくりあげるぼくをおぶって
路地路地の隅っこで電信柱がぼんやりうつむく
蜘蛛の巣が幾重にも掛かった裸電球の街灯の笠懸の黄色い光が
降りくる夜闇一面に波光するイルミネーションのように
ギザギザ金色に分かたれて輝き流れたしょっぱい
あてどなく夜道を歩きまわった若いあなたの
おぶさった背中の汗ばんだぬくたい湿り気を
おかあさん
あなたの子は決して忘れない

        *'ぬくたい'は、父母の郷里、伊勢の方言

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  [少年と老犬]

少年が幼児の頃に拾われて来た仔犬が二匹
くろいのがモカ
しろいのがミルキー
大きくて乱暴者のモカ、少し華奢でおとなしいミルキー
餌を取り合うといつも負けてしまったミルキー
でも、いつも一緒で
散歩では、ぐいぐい引っ張るモカの後をいつもミルキーが追っかけてた。
でもミルキーの姿が見えなくなると、すぐにモカは耳と首をピンと立てて
野生の生き物に戻ったような、気高い眼差しで
視界にその姿を捉えるまで動こうとしなかった。

そんな二匹も、今や老犬
少年も声変わりして久しく急に口数が減ってしまった、そんな年頃になった。
短いのか長いのか分からない歳月
近寄れば必ず、太い肢でのしかかるように跳びついてこようとしたモカも
脚が、肉のそげたチキンの骨のようになり
保温に着せられた被りもののちゃんちゃんこから
               頭をもたげて見上げることも稀になって
大好きな散歩すらも嫌がるようになった。
少し元気なミルキーは、
(既に二匹とも、首輪の縄ひもは解かれていたのだが)
ひとりとぼとぼ、家の前の道路を横切り、田んぼの畦を通って
少し離れた、決まって自分達の住処の見える、畑の決まった場所まで行って
ぽつねんと、何を思っているのやら、空の大気を仰ぎ
又ひとりとぼとぼ、帰ってくるのだった。

今年の正月
多少は元気だったミルキーの方が急に弱々しくなった。
「ほら、ミルキー」
図体が急に伸びたニキビ面の少年が
背中を海老のように丸めてかがめた上体の頭だけを反らし
好物のスティックを犬の鼻面に差し出す。
震える肢が前に出るよりも先に、老犬はのっそりと首を伸ばすが
口は空を切るばかり。
「ほら、ミルキー」
低い、鼻にくぐもったかれがら声に引っぱられて、好物が前に進んでゆく。
「ほら、ミルキー」
膝をくの字に曲げて、少年は海老腰で後じさる。
何度も、何度も、根気よく
一歩でも衰えた脚を前に出させるために。

ところがどうした訳か
あんなに食い物に目がなかった捨て犬出のミルキーが
ふいに、好物のスティックから眼をそらし
ひとりよたよた、座り込んでは又よたよた
冬空の大気がおおきな弧をえがく
例の畑の決まった場所の方へ
行ってしまった。
少年はスティックを指先にぶら下げたまま
おおきな身体(からだ)を起こして苦笑しながら見送るしかなかった。

それから程なく
ミルキーは死んだそうだ。

『1月10日にミルキーは、モカより先に死んでしまいました。
 自然な衰えと受け入れています。
 今は庭の地面の中。』

でもミルキーよ、キミは何ちゅう幸せもんだ。
あんな優しいかれがれ声を、生涯の最後に耳元で聞くことが出来たんだから。
ぼく等(ら)は果たして?
ほら、ミルキー ほら、ミルキー

グッナイト ミルキー IN ・・・・
はて? どこだろう?

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異国の荒野へ吹ぶかれてきた
ふわふわ
難破した熱気球の
熱い気まぐれ

果てしない天空の
横隔膜が破れ
地球の円弧が反発して
撓む地平
弓なりの皿に盛りあがる

気圧されたてんこ盛りの大気と
ぎっしり詰まった湾面の砂礫に
圧倒的にサンドされて
ぺかぺかに貼りついた文明の表路を
一匹の黒点が這いずる


荒野の真っ只中では
スニーカーを履いた柔な心なんて
無防備な素っ裸同然で
突っつけば凹む皮膚以外
石っころだらけで
あっけらかんと
空までなんにもないのです
身に纏わりついた文明人の
心配性なしつらえなぞ何の役にも立たない

突然の豪雨に見舞われれば
すぐ様ぐしょ濡れになって
道端で小突かれたアルマジロかなんかのように
足も手も、心もぎゅっと内に丸めて
なす術もなくその場に蹲ってただ
降りかかる厄災が過ぎ去ってくれるのを
最小の思案に蓋をして
じっと待つより他ないんです

だからこそ
茶色い泥音に塗り込められて
横殴りの不安にはためいた文明のシートが
淡淡(あわあわ)と白金の静寂に浮かび上がると
闇が開口する
仄かな乳白色の出口を目ざして
手足が、身体が、細胞が、がばっと目覚め

だからこそ
洗い晒しの冷え冷えとした岩石がごろつく
無数に深くひび割れた砂礫の皮膚を
刻、一刻と
額に架かる縦列の影を巻き取りながら
真横一直線に進軍してくる
輝くヴェールの無言の衣ずれのじわじわ温ったかい
美しい太陽の直射のローラーに

だからこそ
心の顔面が、身体の瞼が、細胞の芯が
単純の喜びに震え
影が起ち上がる光零れかえる朝を
両手で抱きかかえて

いつだって真新しく朝を迎える夜目の利かない小鳥たちと一緒に、オーレ
いつだって安堵の匂いを伸び上がって嗅ぐ野兎たちと一緒に、オーラ
いつだって世界の新鮮にときめき顔をのぞかせる仔狐たちと一緒に、レーヲ

生きものの瞬時の歓喜を
太陽の空に向って
伸び上がる全身の繊維の唇が
口づけしたくなるんだ

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'人はパンのみにて生くるにあらず'とは言ふけれど
パンが無いじゃあ成り立ちゆかぬ
あ、ソレソレ

パンする道のふたがれて
パンなき路辺のうら悲しさに
ひとの根っこも底ずれる
ええ、ヤイヤレ

ぶ厚い透明に組み伏せられた
ガリラヤの地の乾いたごろた石の伏せ目から
湿っ気た心気が立ちのぼる
ああ、ヨイヨイ

パンなき者は幸いなれ
地上のパンに剣を突き立てる為に我は来たれリ

永遠の地水線上に
逆さまの蜃気楼が揺らぎ立つ
窪んだ不可能の眼窩に
海が真っ二つに割れる救いが光景する

'人はパンのみにて生くるにあらず'
But 私は、平穏なパンが欲しいのだ

幾度となく繰り返された交差点で
あんたは自分で目ん玉を抉っちまった片目の達磨だ

猥雑すぎる真昼間のクラクションが
遠近を失くした風景を手さぐる
路傍に転がる達磨を蹴飛ばしながら
やけに快活な大気圏の大通りを
よそよそしく通過してゆく

よぉー、ヘイヘイ
やぁー、ヘイヤヘイヤ

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衝立の向こう側から
希薄な世界の二枚貝が口をひらき
うそ寒い風を吹きだして
空を区切る見えないカーテン越しに
金っ気臭い唾液に濡れた
巨大なベロがおでこをねぶる

小さな箱の
ピンホールの希望に
内になびくレースが顔面に張り付き
平らかでありたい居住の壁紙が
捻じ固まる透明に圧されて
硬化プラスチックのクルクルう
反り丸まってめくれ落ち
白日に樹脂を流し込まれて
固定されたアリの巣穴のように
曲がりくねった凸凹の隙間に合わせて
私は私の体勢を変形させねばならない

遠隔の垂直がささえる
巨大な幻惑ガラスの天蓋から
煌めくミラーボールが吊るされ
ステルスチューブの穴々から射出される
純正の自由ビームが世界の床を斑にする

前へ、前へ
振り返る影がコーティングされた
つるすべした都市の皮膚の
貴金属曲面に反射して
幻想のスペクトル光が微粒子に命じる
中空に美しく燦然と輝け
あらゆる目を高所へ点付けせよ

どこにも支点を失った宙吊りの姿勢で
私の腰椎は痛みつづける

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生きるのに苦しくなると
日々の埃に埋もれた地殻のキ裂から
なぜか昔の
できごとの流砂が
突っ飛な記憶の断層線を伝って
噴き出してくる

取り留めのない流動切片の
砂の記憶のひと形の
湧き返る泡泡の微笑み
せりまりまる金属の悲しい融解
ヘドロ色のアメーバーが
湿っけた側溝から蠢く腕を伸ばして

忘却に舗装された道路っ端で
想い出の枝越しに無花果の落下する
滴る乳液の
液溜まる白い停止線で
私はいったい?

粘る流砂に混じって
いつまでも傷一つない色艶の
磨かれたカンラン石が
幾重にも打消し合う渚に転がり
遠い光の差し込む
記憶の水脈(みお)の空の迸りから
切ない清水が口づける

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何処かでボタンの掛け違いが起こって
大切なものをしまっていた宝箱が
螺旋を巻く吹き抜けの階段を
口を開けて転がってゆくのを見送るように
思いもよらない無言形で
脚立を立てかけたぼくの人生が
時代の角にぶち当たり
ベコベコと凹んでゆく

いったい何処で掛け違えたのか?
不可逆な時の流れの辺(ほとり)にしゃがみ込んで
もう、いまでも
(きこえる?)
とおくで水鳥のわたってゆく羽音に耳を澄まして
ひとり返事のない石ころを裏返してばかりで

流れてしまった水のかたちを
堰き止めようとする両手の当てがいを外して
取り留めもなく散乱する川面に
いま 見えている 砂に巻かれた切なるものを
ひとつひとつ手かごに掬って
河口までのゆるい下りを
圧倒的な風景のダンチを
夜の海が沈めてくれるまで

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