ヨノ 中で 単なる1であることの モノクロームの寂しさ を紐に結わいて 川へ捨てに行く 往く 川の流れは 絶え間なく キラキラと 瀬石に さざめき 果てしない 時の連綿 にくるまれて 水鳥が <今> を 啄ばむ 草や木や 我らヒト 以外のすべての生き物がそよぐ おおいなる必然 の無邪気さにはじかれて 小さな寂しさが上目使いで私を見上げる 連れて行くしかないか 一匹のコオロギの篭を指に提げて ガチャガチャと線を引く自意識の音色を聞きながら 飯を食いに 己が巣へ跳ね帰る 色づく夕暮れの空がこじ開けられ 収束してゆく背中に 埋葬した過去が降灰する 遠く夢の対岸 ずっと忘れていた筆箱の埃を払い 色エンピツで射撃 もう1つの単なる1を呼ばう
解のない問いを問うてはいけない、って ぼくが大人になる前に 誰にも教わらなかったから 白髪頭になった今でも 何処かに行ってた青年が戻ってきて お父さん 人生って何ですか? って、 たくさんの荼毘が煙ぶるもやの中で 真っ黒な顔になって聞くのです 遠く離れた地の果てから 理不尽などよめきが押し来たり 私たちの地球のあしたに流れ込んでゆく ほうぼうで言葉は嗚咽に詰まり ごきげんよう っと、ひとこと言ったきり 青年は踵を返し ぼくはいそいそと今日の後片づけをする
*スマトラ島沖の地震と津波による大災害のニュースに包まれて言葉が産み出されましたが、 最も被害の大きかった地域はイスラームの人々が大半で、 イスラームでは死者を火葬にせず、土葬で埋葬するということを後に新聞で知りました。
若者が自殺した 幼い娘と若い妻を残して せんない せんない 今はカケラとなってしまった頭蓋の内部で いったい何がぎっちり 身動きとれないほど 押し詰められていたのだろう 足元から見上げるあどけない顔と 幸せな妻の微笑を思い浮かべたはずだ 両親や兄弟やたくさんの友人達の声も聞こえたはずだ 娘に謝り妻に謝り 両親に兄弟に友人達に平謝りで謝りながら それでも 一瞬の黒い風が吹いてしまったのか? せんない せんない たった一晩の時の巡りが 何度も何度も行き来したためらいが 裏がえって 今はもう決して同じ箱には収められない時が始まり もうどんな言葉も空虚を引っ掻く 激しい逡巡の闇の中で 君が背負った荷物よりも もっと大きな荷物を母娘は背負わなければならなくなることを 若者よ 君は気付いていたろうか? せんない せんない せんない せんない
*「せんない」というのは、私の母方の伊勢のおおおばあちゃんが、人智の及ばぬ物事に対して、 具体的にはその家の大黒柱であった孫娘の婿が交通事故で若くして亡くなった時、 悲しみに暮れる親族が寄り集まった部屋の隅で、むしろ笑みを浮かべてでもいるように、 一人首を振り振り頷きながら呟いていた言葉で、文字通りには、 しょうがない諦めの気持ちを表わしているのでしょうが、同時に、悲しみは蓋をせなあかんという、 生き続ける為の何とも切ないニュアンスが込められていて、その独特の言い回しと共に思い出されます。
額に垂れさがる梅雨空の茫漠 今日もまたか 見上げれば取りとめない僕の人生みたい たくさんの水溜りができちゃって 暗い樹木が逆さに映っている でも地面の水たまりの鏡は明るい灰白色に反射して 飛び込む雨滴と戯れる ちいさい水たまりは二重三重の小さいまあるい水紋を描いては消し おおきな水たまりは八重九重のすそを広げる雨紋をぶっつけあって まるで永遠に終わらない交響曲の楽譜から おたまじゃくしが泳ぎ出てくるみたいな 煙ぶる雨を呼吸して 眼の醒める鮮やかな紫陽花の花房が とても静かに 欠乏する光を雨垂れに溶かし込んで 青紫や赤紫、白や青やピンクの光芒を 花弁の裏から灯している 雨濡れた葉々の辺りに しっとり 雨が好きだった君の唇のように
金色の 輝く粉にまぶされて 細胞がいっせいに 光の霧のスープを啜る 美しい朝 光の水彩の 滲み広がる秋の空の朝の 遥かな水面で瞼が 植物の記憶に浮かんでいる のっぺらぼうずの マントラ日々の更新に 噴泉する天然の時の断層 目をみはる循環の再来 9月はたくさんのものを失くした月だが 10月にははや安堵の影を地上に横たえる 樹木も、建物も、通勤の男女も 根方から大地に、基礎際から地表に、急ぐ足元から路面に、 穏やかに斜光する海波の打ち寄せに おのおのの影を横様に長く伸ばす それら陰影の個物を横切って 柔らかな木洩れ日の明滅の中を 二つのオレンジの切り輪っかに跨ったドンキホーテが 奪われぬ時の小径に沿って 菱形にひしゃげた笑い顔で 音もなく走り抜けてゆく
毎日が転がってゆきます 長い下り坂を 歳を背負う(しょう)とほんとに速い 乾いた泥の沈着した表皮が 赤ぎれた罅割れで浮き出る鱗のようにめくれ 水枯れた川床の手の甲のように 生き生きとしたロマンスが失われているのです かつてはどの人の端にも小川が流れ 恥じらいや笑い声 裏返す川石から飛出てくる沢蟹の驚き 皺がれた路地裏の艶めかしさや 冷っこい水を掛け合った光る草葉の戯れ そのまま飲める水が流れていたはずなのに 富を汲み上げる時の傾斜に 地下水を根切る鉄のパイルが打ち込まれ 人間が枯れてしまった川床を 日付を振られた無味乾燥な風が吹きぬけるだけ この傾斜は地球の褶曲面? それともぼくの問題? いえいえだとしても 先進が加圧しすぎた世界の炉心が融解して 巨大な貧富の重心がマグマへ沈みこんでゆくのです 地球規模の 過去からの光線も 未来への視線もひずんで ささやかに整地した個人の庭も底ぬける 未知の光線に照らされて スカスカになった人間の組成から 夥しいスポンジ状の事件が放射され 誰もがひとつも焦点を結べないまま 貧富のエンジンに加速された 物事のスピードに置き去りにされてしまうのです 個人の底穴から流れでる タールのような不安の溜りから 大きなロマンが亡霊のように鎌首をもたげる 生活のささやかなロマンスを失った代償に ぼくはもう一度 水枯れた抽象の損得の岸辺を離れ 満々と水を湛えた 川や海を探しに行かなければいけないかもしれない 川虫や跳び虫の 小さな生き物の喜びに出会うために ささやかな経験のロマンスに戻るために