詩人になったら詩を書かなければならない だから僕は詩人になんかなりたくないんだ 雨が降れば ひしひしと太陽に焦がれ 光 差せば 肉体の夜天に血液が輝きわたる 裸形の人間でいたいんだ 岩角にぶつかりながら 傷口から 悲鳴と希望を垂らしながら あおられて 砂だらけの荒野をころころ転がってゆく 単なる精神でいたいんだ
唇は単純なメルヘンを歌っていたいのに 肌の裏面の突起と額に巻きつくエーテルが許してくれません 自分を映すことだけが取り得の ハラペコの影法師ですから あなたがどんなに虹の夢想に手をかざし 咲き群らがる草花のおじぎする 匂い風の通い径を渡って行きたくっても 路傍の足先に仕掛けられた時限爆弾を炸裂させて もぎ取れた手足と あなたの脳髄を飛び散らせてしまうのです 美しい花々は 短い季節を生き急いでいるのですよ 虹のブリッジは けっして地上と結ぼれないのですよ 影法師の云い付けどうり 網目の迷路を辿って来た果てに 陽射しはすっかり翳ってしまい 行方をくらました影法師を捜しに 今度はわたしが横倒しの影になって 花々の不実な 地面をずるついてゆく他ないのです
ぼくは詩人という言葉が嫌いだ きらびやかな洋式の宝石を着けすぎているから 埃のたたない湿った書斎の 背の高いガラス書棚の青い臭いがするから むかし貧しい国々では 読み書きができない人々に代わって 人々のボロを纏った想いの一つ一つを よそいきの言葉を着せて手紙に乗せ換える 代筆屋という商売があった よそいきの言葉で食べていた者たちが 喰えなくなって埃っぽい場末の通りに 用を失くした椅子と机を持ち出して始めた商売だが わずかな代金と引き換えに 顧客の語る想いの貧弱な言葉に じっと耳傾けながら かつて己の心を養った ありったけの立派な衣装で着飾った 紙の上を走るペン先の文字は いつも日光に晒されていたが 遠く離れた人と人の 心と心を影で結わいつける明るさがあった 人々が豊かになると 人々は想いの言葉を直截届けられるようになり 代筆屋の商売は上がったりになったが 自由になったそれぞれの言葉が 遠くの心と心を結びつけた訳ではなかった 今はもういなくなった代筆屋は けっして自らを詩人だなどと呼んだことはなかったが 埃っぽい乾いた通りで 心と言葉の編み上がり方に精魂を傾けた 現代の詩人と称する人々は 言葉と言葉の関係に精妙を尽くしたが かつての代筆屋が顧客の汗水の代価に知恵を絞ったほどにも 果たして言葉と心の関係に自らの心を砕いたろうか? 詩を書こうとする者は 詩人の冠を頭にかぶる前に 飯を喰らい屁をひり糞をする単なる一個の人間であって だからこそ彼の産み出す臭う言葉は 人々の汗だくの普遍と繋がることができる 詩を書こうとする者は 一個の人間としての生きる細さや太い喜びを書くのであって 詩人の冠の軽さや眩しさなど 人間の狂おしい普遍と何の係わりもない 詩を産み出す辛さは 詩を書く者の密やかな栄光ではあっても 詩は、一個の人間としての己をずた袋にして 人間の埋火の普遍に連なるのであって 一個の人間の両肩に課せられるいかなる重荷も 詩人というハイカラな会釈の帽子で免れないし 又、許してはいけない だから詩を書こうとする者は 舌を甘やかす詩人などというふやけた飴玉を口にすべきではないし ましてや産み出そうとする言葉の中ではなおさら そんなものは人々の野晒しの普遍と何の係わりもない
出かけておいで、アリス きみの幼い言葉をたずさえ たくさんの現実と恋をして そおして傷ついて帰っておいで その時きみは 言葉の扉を、逆さまの方からくぐるのだよ たぶんそこは ひとっこ一人いない伽藍で つま先がまさぐる床は 流れこむ流砂に埋もれてあやふやで きみの声だけが鋭く響く天蓋で静まり返っているだろうが でも、アリス、きみには きみの座りこむ足元のくるぶしに触れて きみの掬いあげる手の平のたなごころに触れて 現実と格闘し果てたさまざまな言葉の瓦礫が ところ狭しと埋まっているのが見つかるはずだ そして、アリス、やがて きみは全くの手ぶらで 最後の寂しいアーチを 静かにくぐることができるし くぐってゆくのだよ