なんとなく押し切られたような、流されたような、やや不可解な調子であたしは外に連れ出された。
どうやら管制の留守番は航太郎に押し付けるらしい。
昨日はあたしの誘導、今日は管制の留守番。
航太郎も暇なわけではないだろうに大変だ、と思いながらあたしは建物を眺めた。
そういえば昨日のお礼も言いそびれたままだった。

「…いいのかなあ」
そんなことをぶつぶつ呟いているあたしを気にとめた風もなく、半ば強引に初夢さんはハンドルを掴んだ。
ホバーバイクが彼女の時代からどれだけ進歩したか見たいのだという。
「前からちょっと触ってみたかったのよね」
型番も古い中古のバイクだけれど、初夢さんは随分気に入ったようだった。
初夢さんが運転をするとなると、案内するのがどちらだかわからない状況になってしまう。
なんとなくもやもやしたものが残る。

「いいのかなあ」
ぐんぐん遠くなってゆく牧草地帯を眺めながら、あたしは初夢さんには聞こえないよう、後ろを向いたまま、もう一度呟いた。
制服の襟がめくれて、ばたばたばた、と風をはらむ。
ヒューヴを置いて、しかもムル喰いの最期を看取った直後に映画に行くなんて、なんだか不謹慎な気がしてならなかった。
しかし、初夢さんが半分あたしに気を遣って映画への強行を決めたということも判っている。
初夢さんの気持ちを無下にするわけにも行かず、なんとなく流されてここまで来てしまったが、果たしてそれはどうなのだろう。
考えれば考えるほど判らなくなって、あたしは一時、考えるのを止めた。
バイクの振動に身を任せる。
「次の角、右に曲がって」
悩みつつも道案内をする自分が、少しよく判らない。
なんとなくおかしくなってしまう。

映画館につく頃には、なんだか考えるのが面倒というか、本当に判らなくなってしまっていた。
別にあたしがどこで何をしようとヒューヴやムル喰いには関係のない話だ、という考え方と、そういうものでもないはずだ、という考え方が、自分の尻尾を追いかける犬のようにくるくると回って、どちらでもいい、という結論に達したような感じだった。
なんだか無益なことを考えていたような気になって、すこしげんなりした。

映画館は、大通りがTの字型に分岐する、その分岐のところにある。
ビッキーというすこし変わった名前がその映画館の名前だ。
公園のそばの大時代な建物は、興行中の映画の立て看板をいつも掲げている。
立て看板は今時珍しくいちいち手書きの少し荒々しい絵で、写真ではない。
あたしはよく判らないが、映画好きの香弥子なんかに言わせると、それが美学というものらしかった。
あたしがバイクに鍵をかけている間に初夢さんは早足に窓口へ向かった。
もぎりの女の人に何かを話し掛けているのが見える。
横目で件の立て看板を眺めると、白くて砂っぽい壁の階段に浅黒い肌の男の子が座っている絵だった。
今上映中の映画は「栗とライオン」という映画らしかった。
何事かを話していた初夢さんが、頭だけをのけぞるようにした。
どうやら最終回がすでに始まってしまっていたらしい。
近寄ると、よろよろと彼女があたしにしがみついた。
「だめだ。しなり。もう始まって二十分が過ぎてしまったらしい」
「二十分」
「わたしはつくづく映画に運がないらしいよ」
うう、とため息をつく彼女を抱き止めながら、あたしは建物を見上げた。
「もう少し急げばよかったね」
館名を描いた看板の金の飾り枠が、夕暮れの光を受けて赤くにぶく光っていた。
もぎりの女の人が、あたしたちを見て苦笑いをしている。
仕方なく愛想笑いを返してあたしは頭を掻いた。

「よし、家においでよ」
ふと思いついてあたしは言った。ひょい、と初夢さんが顔を上げる。
口にするとそれは案外いい考えのように思った。
「しなりの家?」
「うん、まあ、今母が帰ってきてるんだけど」
ふと言おうとしていたことを思い出した。
「…母が乗って来た鉄ペリカン、昨日の朝の便なの。ひょっとしたら初夢さんのペリカンじゃないかとか、あたし、思ったんだけど」
「ほう」
初夢さんは、口を丸くして頷く。
「わたしの身体はきちんと役に立っているのだね」
初夢さんはうふふ、とひそやかに笑った。
その笑顔は、夕方を通り越して夜を見ているような、すこし神秘的な笑顔だった。


NEXT

TOP