発端
信じられないことに、美月があたしのつくった朝ごはんを食べてくれていた。
美月はいつもの通り不機嫌そうな顔をして、それでもあたしのつくった目玉焼きを食べてくれていた。あたしは信じられない気分のまま、それを見ていた。
うそ。こんなの。夢みたい。あたしは思った。
やがて美月の皿が空っぽになって、低い声が「ごちそうさま」と言うのが聞こえた。
とにかくその一言であたしはすっかりうれしくなってしまった。
うれしい。すごく。美月ってば。
あたしは牛乳をひとくち飲んで美月に話しかけた。
「ねえ、美月、」
おいしかった?と聞く前に目が覚めた。
やっぱり夢だったのだ。
ざわ、と音がした。巨大なものが軋むような音だった。
目が覚めた部屋の中は真暗だった。
さっきのことが夢だったのだと、割合すぐにあたしは受け入れた。
あたしは真暗なベッドから滑り出し、真暗な部屋のなかに降りる。床はひんやりと冷たくて、少しだけ気持ち良かった。今何時だろう。あたしは思った。
台所の電気をつけて時計を見るとまだ二時だった。
時間まで昨日と同じだと知って、あたしはちょっとした絶望を味わった。
このところ毎日のように夢を見る。そして、毎日のように夜中に目が覚める。
あたしはため息を吐いて水を汲み、ひとくちだけ飲んだ。
すっかり目が覚めてしまっていた。
あたしはこの、自分の部屋を見回して考えた。
あたしはこの部屋をもてあましている。この部屋はあたしには広すぎる。
ひとりでは住めない。だだっ広い。前は美月と二人で住んでいたというのに。
美月は、あたしが十八になったからと言って、この三階から自分の荷物を歯ブラシひとつ残さず二階に引っ越してしまった。
どうして一緒に住んじゃいけないのと聞いたあたしに美月は言った。
「俺とお前は血の繋がった親子じゃない」
もう、この三階を独占するようになって二ヵ月が過ぎた。全然実感がわかない。
そんなこと、前から分かっていたのに。どうして、急に、そうなるの?
あたしはコップに残った水を流しに捨てた。だらだらと音がした。
朝まで、まだ、何時間もある。