続きません。アーカイブス。


エマージェンシーエマージェンシー。
クリスマスモンスターが襲来です。各部隊に緊急出動を命じます。
繰り返します、エマージェンシーエマージェンシー…。

そんな警報で叩き起こされた12月10日。
しょうがないな、まだ二週間もあるって言うのに。
なんて思いながらソックスを限界まで体に括りつけてヘリに乗り込む。
他の隊員はすでにスタンバイ中。僕が一番最後だ。
「遅いぞ坊や、二十秒の遅刻だ」
険しい顔の小隊長殿に愛想笑いで所定の位置へ。
毎年毎年やんなっちゃうよなあ、なんて呟いてまた睨まれた。

5分も飛ばないうちに、新宿三越を叩き壊すクリスマスモンスターが見えてきた。
さすが最新式の反重力ヘリ。
僕たちはほんの少しの誇らしさと闘争心を胸に、クリスマスモンスターの鳴き声を聞く。
幸せなクリスマスを妬む者たちの心が生み出した醜い赤と白のモンスター。
やがて降下準備はスタンバイ。
ヘリの側部ハッチが開いて風が吹き込んできた。

クリスマスモンスターの足元で逃げ惑うカップル達が見える。
「ガッデム、畜生、恋人達の敵!クリスマスモンスターめ!」
同僚のジョーシュが吐き捨てる。
そういえば去年はジョーシュのやつ、モンスターに、恋人へのプレゼントを灰にされたんだっけ。
灰になった33万円のダイヤの指輪に黙祷し、全員が降下スタンバイに入る。
いよいよだ。
緊迫感が増す。
クリスマスモンスターを撃退し、幸せなクリスマスを迎えるのだ。
僕たちの、この手でもって!

すると何を思ったか小隊長殿が僕たちを制止した。
耳に、通信端末から伸びたフォンを押し当てて、厳しい顔をしている。
作戦内容が変更されたのだろうか。
僕たちは降下体勢のまま、小隊長殿の指示を待つ。
やがて小隊長殿はフォンを耳から話して手を振った。
「駄目だ諸君。ヲベロンは年末まで休みが取れないことがわかった!作者感情に配慮して、今年のクリスマスモンスターは好きなだけ暴れさせてやろうじゃないか!」

目から光線を出して、クリスマスモンスターは新宿の町を破壊してゆく。
次はタイムズスクエアの電気装飾を、きっと壊すつもりだ。
「お言葉ですが小隊長殿!」
ケインズが敬礼をして小隊長殿に進言した。
「黙れ、ケインズ二等兵!」
「ですが小隊長殿!」
「黙れといっているのだ、ケインズ!これは作者命令なのだよ!」
「我々は、我々は、幸せなクリスマスを…」
いつのまにかケインズは泣いていた。
小隊長殿も、目に真っ赤にしてケインズを睨みつけていた。

(つづく)


続きません。


「またこの日がきましたね」
憂鬱そうに呟いたのは、勤続35年目のMさんだ。
「私も、あの頃は良かった、なんて、あまり言いたくはないのだけれど」
ため息をつきながらMさんは眼鏡を外し、ゆっくりした動作でレンズを拭いた。
僕はMさんと目を合わせないようにして日誌を手に取った。
「忙しくなりますね」
無視するわけではない。無視するわけではないけれど、他に何が言えるというのだ。

今日は星人の日。
地球が星人たちに開かれてからすでに25年が過ぎている。
ここに来る前は科学技術庁で働いていたというMさんは、遠い目をして呟く。
「ねえヲベロンくん、私たちが若い頃、この星にはいたんだよ。ヒーローがいたんだよ」
まるで今はもういない、なんて言いたげな口調。
僕は、そうですね、と投げやりな返事をして部屋を出た。
Mさんが求めているのは相槌ではない。脳無しのボルイドとだって、ずっと喋っているだろう。

屋上に出て煙草をふかした。
遠く遠くに見える新宿の街並みを眺めていると、不意に少女の声がした。
「ねえ、あたしにも見せてよ」
振り返ると、車椅子に乗った少女が僕を見ていた。まだ、小学生くらいの子だった。
「都庁が見たいの?」
問うと少女はこくりと頷いた。
僕は煙草を消し、少女を抱き上げる。

彼女を手すりに乗せて支えると、少女は眩しそうに目を細めた。
「大きなビル」
僕は少女の声を聞きながら、空を眺めた。
彼女が見ている都庁ビルは、もう三代目だ。この25年で二回、破壊されている。
毎年、この日になると飛来する星人。壊される町。
不意に、素敵よね、と少女が呟いた。何が、と聞き返す前に少女は僕の方を真っ直ぐに見た。
「壊れたって、また建て直すんだわ」
僕はその視線にたじろぎ、思わず目をそらした。
遠くでサイレンが鳴り出す。星人警報が鳴り出す。
「さあ、星人が来るよ。避難しよう」
僕は肩をすくめて少女を車椅子に戻した。

「これ、あなたのでしょ」

少女が、ピンクのパジャマから何かを取り出した。
ベータカプセルだった。僕が、遠い昔に捨てた、ベータカプセル。
僕は息を飲み、そして黙った。
「あたしじゃ、光らないの。たぶん、あなたじゃなきゃ、駄目なのよ」
「けれど」
僕の脳裏に苦い思い出が蘇る。フラッシュビームが光っても、変身できなくなってしまったあの日。
僕はヒーローだった。そう、ヒーローだった。
けれど、僕の中の彼が行ってしまったあの日から、それは変わってしまったのだ。
蝉のような怪獣、ゼットンと戦ったあの日。
僕は永遠に変身する力を無くしたのだ。
「駄目なんだ。もう、いないんだよ」
僕は少女から目をそらして都庁の方を見た。
ビルの陰から、オレンジ色のぬめっとした星人の姿が現われる。

少女は僕の頬に手を伸ばした。
つめたい指が僕の頬をなぜる。
「お願い。もう一度だけ、試してみて」
少女は僕の手に、無理矢理ベータカプセルを握らせて、車椅子のままあとずさった。

「あたし、見たいの。ヒーローがいるって、見てみたいのよ」
少女は、僕の顔を見つめた。
少女の背後には、屋上への扉。
僕の背後には、ゆっくりとした動作の星人がビルに向かって歩く。
「おねがい」
顔を白くして言う少女を包む星人警報のサイレン。

そして僕は。

(つづく)

つづきません。


 わたしは子供を抱いて電車に乗っていた。
子供と言ってももちろんわたしの子ではない。
二つ年上の姉の子で、つまりわたしにとっては姪ということになる。姉が急な用事だというので預かったのだ。

 幸いアルバイトは休みだったし、電話口で姉が心底困ったような声を出したので引き受けることにした。実際のところ、子供も別にきらいではない。
小田急線の急行列車で二駅のところにある姉夫婦のアパートまで、姪を迎えに行った。
今年で二歳になる姪は、しかしあまり機嫌が良くなかった。

 姉は心配げな顔で子供とわたしの顔を見比べていたが、のっぴきならないくらい急いでいるらしく、手短にわたしがすべきことを書いたメモと子供の必要品が入ったリュックを手渡し、いくつかの注意と簡単な感謝の意を述べて出発した。
アパートの前でわたしは姪と二人、姉のことを見送った。駅まで戻る道を一緒に行く余裕もないらしい。わたしは腕の中の姪を揺すぶり、お母さんは忙しいのねえ、と呟いた。

 さて、そこからが難儀だった。
帰りの道中、姪がなんとも絶妙なタイミングで泣き出すのだ。
しんとした住宅街だったり、パトカーが通る横だったり、ともかく泣かれるこっちが困るような場所で姪は盛大に泣くのだ。そのたびに足を止め、わたしは姪の機嫌をとることに苦労した。彼女が泣き止むと少し進み、また泣かれては止まり、の繰り返しである。
こんなことなら、姉の家で待っているんだったとわたしは心底から後悔した。同時に母親というものは偉大だと思った。もうへとへとになってわたしはようやく電車に乗り込んだ。時計を見るともう姪を預かってから一時間近くが経っていた。アパートから駅まで、普通に歩くだけなら、十五分もかからない道のりだというのに。

 駅のホームでも泣き出され、わたしは本当に途方にくれた。
寒いし、疲れたし、なによりどうしたらいいのか判らなくなってしまったのだ。姉に助けを求めようかと何度か思ったが、携帯電話を見るとまた姪が泣くので仕方ない。
わたしは二本の急行列車を見送り、各駅停車でゆくことにした。それでも二度ほど、騒がしいわたしたちを見る迷惑そうな目に耐えかねて途中下車した。

 そして、わたしは子供を抱いて三度目の各駅電車に乗っていた。
もう時刻は十時になろうとしていた。泣きつかれて眠っている姪を見るわたしの顔は、たぶん相当疲れているだろう。

 電車が揺れた拍子に姪が目を覚まし、泣きそうな口元を見せた。
わたしはほとんど恐怖に近い感情で子供を窺い、ついで回りをおろおろと見回した。泣く子供をつれて電車になんか乗るんじゃない、という視線は、物理的な密度をもって、わたしを圧迫する。泣きたいのはこっちよ、と喉まで出かかった。自分の子ではないのに、非常識な母親を見るような目でにらまれて、本当に泣きたいと思った。姪が大きく息を吸い込む。

 とん、と肩を叩かれた。

 おびえて振り向くと、そこには詰襟の男の子が立っていた。少し背が高い。高校生だろうか。不良っぽい外見ではなかったが、泣くようなガキ連れて電車なんか乗るなよと言われるんじゃないか、という恐怖が先に立った。すみませんすみません、と反射的に謝る言葉が口をついた。姪の口を塞ごうかとさえ思った。
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「貸してください」
 高校生は、不思議にするっとわたしの手から姪を受け取り、とんとん、と揺すぶった。魔法のように姪は泣き出す素振りを引っ込めた。わたしは呆気に取られて高校生を見た。高校生は姪から顔を上げ、わたしと目を合わせると、なんとも言えない表情を見せた。
「ごめんなさい、別に怪しいものじゃないんです」
「…」
「でも、××の駅から見ていたもので」
 彼が口にした駅は、姉のアパートのある駅だった。そこから二度、途中下車したというのに、これは後をつけられていたのだろうか。そう考えると少し身構えたくもなるように思ったが、少年の顔を見ていると、不思議とそう恐ろしいものは感じなかった。
「うち、同じくらいの妹がいるんです。だから、なんか他人事に思えなくて」
「い、いえ、ありがとうございます」
 わたしはしばらく固まっていたのだが、どうにか頭を下げた。
「電車の中で泣かれると、つらいんですよね」
 少年は静かな調子で言った。少し離れた乗客には聞こえないような静かな声だ。聞こえたとしても、別に気に止めもしないだろう。他愛のない慰めだ。しかし、わたしにとっては違った。わたしはもうほとんど泣いてしまいそうなくらい感動していた。この子はわたしよりいくつ歳下だろうか。三つか、四つか、若いのに、なんて素敵なやつなのだろう。わたしは彼の顔を見つめた。
「はい」
 電車が駅に着き、少年はわたしの手の中に姪を返した。
「おれ、降りる駅なんです」
 そこはわたしの家がある駅だった。わ、わたしも、と少し慌てて彼を追いかける。
ホームに降りて、わたしは腕の中の姪を見た。姪はわたしを見上げ、手を伸ばしていた。ひと足先に降りていた少年は、こちらを振り返って微笑んでいた。

「最近つらいニュースが多いですがお母さん、子供を、愛してあげてくださいね」

 少年は少しだけ寂しそうな、思慮深そうな顔で目礼し、すたすたと階段を上っていった。わたしはそんな彼の後ろ姿を見送るしか出来なかった。

 その後、すっかり機嫌が良くなった姪と一緒にわたしのアパートまで帰り、夕方まで部屋で遊んだ。二人でおそろしい量の画用紙を消費して色々な絵を描いた。夜に姉が迎えにきて姪は帰った。そして一人残されたアパートの窓辺で、わたしは外を眺めながら今朝の少年のことを思った。

 こちとらまだ二十歳だよ。未婚だよ。お母さんじゃねえよ。あんまりだよ。

 恋はまだ始まりそうにもない。
(つづく)

つづきません。


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