天使

友人に、天使を造っている男がいる。
僕は先週、どうしようもなくさみしくなって、彼に天使を一人、僕のために造ってくれと頼み込んだ。
一週間したら来いと言う。
一週間経って、言った。

友人は不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたんだい」と僕が言うと、「失敗したんだ」と彼は言った。

彼の部屋は広い。
小さな工場のように殺風景で、西日の入るそこはいつまでも秋のようだった。

「とにかく見せてくれよ」と僕が言うと、「とにかく見せるさ」と彼は言った。

地下室は歌声でいっぱいだった。
「随分、歌が好きなんだな」と僕は言った。天使が歌を歌っていたのだ。
「だから失敗なんだ」と彼は言って、羽根の生えた少女の頭を引っ叩いた。
天使の歌は、転がる彼女と同じように途切れた。

「殴るな!相手は女の子じゃないか!」と僕は叫んだ。
「天使に性別の概念はないさ」と彼は言った。
天使はのろのろと起き上がり、胸の前でもう一度両手を合わせ、歌い始めた。
「こいつは歌うことしか出来ないんだ。出来損ないだよ」と彼は呟いた。
そしてもう一度、手ひどく天使を引っ叩いた。

僕は天使を連れて帰った。
友人は止めたが、僕は聞かなかった。
「僕が連れて行かなきゃ殺すつもりなんだろ」と僕は言った。
「天使に生死の概念はないよ」と彼は疲れた声で言った。
それ以上、僕と友人は話さなかった。

天使はいつまでも歌っていた。
どこの言葉だか見当もつかない言葉で歌っていた。
僕は歌いつづける彼女の横に座って、歌を聴きつづけている。

ある日、彼女が新しい歌を歌い始めた。
「翼をください」と彼女は歌った。
羽根を背中につけた彼女がそんな歌を歌うことが、おかしくて、僕は笑ってしまった。
彼女も、歌いながら嬉しそうに、にこにこと笑っていた。

天使は本当にいつまでも歌っていた。
いつまでも、いつまでも、いつまでも歌っていた。
美しい歌声に毒されて、僕はやがて天使が来る前よりも深い孤独を覚えるようになった。
美しいものは、あたりに美しい毒を撒き散らす。
天使は、それだけで完全だ。
僕が聞いていようといまいと歌う。
彼女の歌声は、僕に向けられたものではなく、歌声のために向けられた歌なのだ。

僕は歌う天使の横で膝を抱えて座り、その美しい音楽で感覚を麻痺させながら、ただ時間をすごしてゆく。

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