戦士アレクセイは悩まない

交戦を間近に控え、夜明けを控えた砂漠でアレクセイ・ボーダーは急ごしらえの部隊を思い返していた。

ラアラ女爵直々に出発命令がくだるまでの時間では、ザンドレスからカエサル兄弟を呼び戻すことしか出来なかった。
アレクセイは背後に控えているカエサル兄弟を見やった。
二人ともまだ若いが、頼りになる砲兵だ。それに、今日はジンガーが彼らのバックアップをしてくれている。
兄弟の後ろから砂丘を登ってくるジンガーの横まで戻って、アレクセイは話し掛けた。
「ジンガー、平気か」
「まあ、このくらいどうってことないさ」
「…近々メイガスになろうって人間が、前線に出張らなきゃならないなんて世も末だな」
「あの女爵の下で、一人だけ、転化をこばんでいるんだ、仕方ないさ」
ジンガーは砂丘を登ったせいか、少し息を切らしていた。彼は顔をしかめて杖を砂に立てた。
「しかしこの程度で、息が切れるなんて情けない」
「歳をとったのさ」
アレクセイは慰めのようにそれだけ言って砂丘を登りなおし、さっきまで焚き火のあった位置を覗いた。

ラアラ女爵が護衛に、と、つけて寄越したオークが早速作戦の足を引っ張った。
宣戦布告のラッパを吹き鳴らすように絶叫し、単独行動をとって走り出したのだ。
お陰でまとまって奇襲をかけるという作戦が台無しだ。
あのけだものは、皆殺し、と、総攻撃、という言葉しか理解しないのだろう。

ラアラ女爵がまだ生きた人間だった頃なら、決して野蛮なオークを召抱えるなんて真似はしなかった。
アレクセイは少し虚しくなってため息をついた。
女爵は、転化を迎えて変わってしまったのだ。
しかし、それでも彼女がアレクセイの主君であり、忠誠を誓った相手であったことは変わりなかった。

「…あの男はどうした?」
アレクセイはカエサル兄弟に、もう一人女爵が寄越した男のことを尋ねた。
真っ黒な鴉の仮面を被り、必要なこと以外は何ひとつ口を利かない男。
拳闘士のような鍛え上げた体だが、手首に入れられた刺青は、彼が囚人であったことを示していた。
ラアラ女爵は彼の事を「レイヴン」と呼んでいたけれど、それが名前であるのかどうかすら、判別できなかった。
だから、アレクセイは彼の事を「あの男」と呼ぶ。
カエサル兄弟は黙って首を振る。
「今回の作戦は…結局四人か、糞、厳しくなるな」

しかし、仕方がない。
情報によると、向こうもそれほど人数が多いわけではない。
カエサル兄弟は揃って勇敢だし、ジンガーも安心して背中を任せるに値する人間だ。
無知なるオークや囚人など、最初からいなかったものだと思えばいいのだ。
しかし何かがおかしい、何かが変だった。
アレクセイは心に湧きあがる疑問を押し殺しながら作戦の変更を伝えた。
自分がバトルクイーンに近付くまでの援護を三人に命令して、彼はザンドレス式の挨拶を交わした。
疑問を抱くのは、戦闘が終わった後でいい。
自分は戦士だ。戦士は悩まない。戦士は殺し、殺されることが仕事なのだ。
善悪も無く、ただ真っ白な鋼になりきること、それ以外は考えなくていい。

「幸運を!」
叫んでアレクセイは砂丘を越え、飛び出した。

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