涙を流してすっきりした、というのは少し間違っているかもしれない。
ただ、あたしはムル喰いの死に、意味を付加しようとすることを止めることにした。
髪をほどき、あたしは目を拭った。
ムル喰いは死んだ。
それだけのことだ。たったそれだけのことなのだ。
あたしはハッチを開き、風を受けた。
遠くに発着場の赤茶けた敷地が見え始めていた。
「管制、聞こえますか。聞こえますか管制」
あたしはインカムをつけて囁いた。
「こちら鈴木、こちら鈴木。軍人ともども、ただいま無事帰還しました。これより着陸準備に入ります」
大分ノイズの収まった通信で、あたしは語りかけた。
風を受けて、髪がばたばたとなびいた。
身体を曲げて、ムル喰いの死んだ湿地の方を眺めた。
ため息をついて顔を、発着場の方へ向けた。
ヒューヴが眠っているドックの建物を、目を細めてあたしは見つめた。
「…ヒューヴ」
インカムに拾われないようにして、あたしは彼の名前を呟いた。
ムル喰いの死を悼むのは森山の仕事だ。
あたしに出来るのは、ヒューヴを愛することしかない。
首を振って空を見上げた。
空の青は、薄くなってきていた。
雲の向こうで、大分低くなってきた太陽を見やり、あたしはもう一度ため息をついた。
「…しなり、おかえりなさい、泣いたりしてないわね」
通信越しのせいでざらざらした初夢さんの声が聞こえてきた。
ようやく、絶対に泣くのはよそう、と決意したことを思い出した。
泣いてない。
涙が出ただけだもの。
屁理屈のように思ってあたしは頷いた。
「当たり前じゃない」
発着場が近付いてくる。
「当たり前ですよ」
あたしは言い聞かせるように繰り返した。
時刻はもう、四時になろうかとしていた。
フラミンゴを降りて、森山をドックへ送っていった。
それからドックの前まで、お互いに無言のままだったが、リフトバギーを降りて少しだけ話した。
落ち着いた大人の顔で、彼はまた、ありがとう、と言った。
「あたしといると命を感じる、って言ったわね」
彼は、うん、と返事をした。
「あたしも、命を感じる」
まったく自然にあたしは森山に歩み寄り、彼の機械の身体を抱いた。
背中に手を回すと、硬い金属の感触がした。
けれど、冷たくはない。
あたしは微笑み、身体を離した。
「今度こそ、もう会わないかもしれないけれど」
さみしい、とは思わなかった。
それは不思議な感覚。
あたしは、ヒューヴと空の上にいる時の感覚を取り戻した。
健全なまでに孤独。
それはとても勇気付けられる感覚だった。
ヒューヴは生きているし、森山も生きている。
べつに、星が広すぎるだとか、人が多すぎるだとか、そんなことを言って、自分からさみしくなることはない。
いつもそばにある孤独なら、きっと、判りやすい方がいいのだ。
「それじゃあ」
森山は静かに笑った。
大人の笑顔だった。
それじゃあ、とあたしは手を振ってリフトバギーを管制に向けて走らせた。