初夢さんがアナウンスをしている。
場内に向けて、サイレンを鳴らし、何かを読み上げるようにはきはきと喋るのを、あたしはソファーに座って眺めていた。
「管制よりお知らせです。先ほど当発着場のオペレータがアナウンスしたムル喰いの目撃情報は誤報であったことが判明致しました。…繰り返します。ムル喰いの目撃情報は誤解であったことが判明致しました。よってただいまを持って臨時警戒令を解除することとします。ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。ご協力有難うございました」
彼女は大人びた声で繰り返し、放送を流した。
スイッチを切り、振り向いて、に、と笑う。
「まあ、原稿作らなくても、なんとかなるものだね」
うん、と返事をしながらあたしは森山の顔を思い出していた。
誤報。
本当を言うと、その言葉には少しだけ抵抗があった。
けれど、発着場に居合わせただけの人にすべてを語っても仕方のないことだ。
あたしは森山の顔を思い出し、それから目をつぶった。
森山はドックの二階で、何を思いながらこの放送を聞いたのだろう。
「…まあ、なんとかなるものだよね」
あたしは感慨を込めて返事をした。
厳密に言えばそれは返事になっていないのかもしれないが、感慨だけは込めた。
なんとかなるものはなるし、なんともならないものはならない。
考えるのが面倒になったわけではないが、まあ、それでいいや、と思うことにした。
色々なことがあった。
「ああ、疲れた」
正直な気持ちを吐き出して、あたしはソファーに寝転んだ。
さっきまで桑納さんが座っていたソファーは、すこしまだ温もっていた。
「さっき、しげると通信が繋がったよ」
初夢さんの声が、ソファーの背もたれ越しに聞こえる。
あたしは寝転び、天井を見上げながら、うん、と返事をした。
「馬鹿馬鹿しくなったから帰ってくるってさ」
「はは…」
あたしは目を細めて伸びをした。
「怒ってた?」
「ちょっと」
んんん、と声をあげてあたしは立ち上がった。
「トオマワリが帰ってきたらおそろしいなあ」
「あいつ、うるさいからね」
初夢さんは無邪気な顔で笑った。
少しあって、初夢さんが背もたれに顎を乗せてあたしを見あげた。
「生き物は、みんな死ぬのね」
その顔は、冗談をいう時よりも少しだけ大人びて見えた。
「長生きしなきゃね」
ため息をつくように軽く続けて、初夢さんは、ふい、と顔を窓の方へ向けた。
外では太陽がゆっくり夕方の色へと変わってゆくところだった。
「今日は綺麗な夕焼けになりそうだ」
あたしは返事をせず、同じように窓を眺めた。
太陽があるのは、ムル喰いのいた森のほうだった。
しばらく頭を空っぽにして、あたしは太陽を眺めた。
「…そうだね」
夕暮れについて返事をしたのか、長生きしなきゃね、に対して返事をしたのか、自分でも区別がつかなかった。
二人して窓を眺めていると、時間が経つのが早かった。
「ところで、映画だけど」
初夢さんが思い出したように言った頃には、すでに四時半になろうかとしていた。
思い出してあたしは時計を見上げた。
今すぐ出発しても、映画館に着きそうなのは六時。
微妙な時間だった。果たして、終演に間に合うだろうか、という疑問もあった。
何よりもこれからトオマワリを待って、お説教を食って、と考えていると、六時にたどり着くのは無理のような気がした。
諦めて明日に、と言いかけると、彼女は椅子を回して体ごとこっちを向いた。
「気晴らしが必要だよ」
「でも」
「出かけてしまおう」
「…出かけるって?」
不意を突かれて鸚鵡返しに聞き返す。
「しげるの帰って来る前に、出かけてしまおう」
「でも、留守番が」
初夢さんは座ったまま、肩をそびやかす。
「適任を用意してあるのよ」
彼女は微笑んで立ち上がった。