森山と別れて、あたしは管制に戻った。
戻るなりトオマワリはあたしの顔を見て、なんだ、と意外そうな顔をした。
「随分遅かったじゃないか。桑納先生に何か、叱られたか」
「叱られたような顔してる?」
「いや、別に、そういう訳じゃないが」
頭を振る彼の脇にはクッキーの袋が置いてある。なんだかぺちゃんこだった。
「…食べたでしょう」
あたしがそれを見咎めると、悪びれた風もなく彼は肩をすくめた。
「食べた」
「残ってるの?」
「少し」
食べないでって言ったじゃない、と少し恨みがましく言って袋に手を伸ばす。
ふわ、とチョコレートの甘い香りがにおった。
「ああ」
思わず声が漏れる。チョコチップの方を先に開けられたのだった。
「やったわね」
「やった」
まったく反省する様子もないその様子にひとこと言ってやろうかと考えているうちに、割と、どうでもよい気持ちになってしまった。
まあいいか、と袋を持ってソファーの方へ歩く。
「なんだ、まあいいかって、つまらないやつだな」
「まあね、たかがね、クッキーぐらいでね、怒ってもね」
なるべく皮肉に聞こえるように言ってみたけれど、こたえた様子もない。
あきらめて本当に気にしない事にしてあたしは残ったクッキーをつまんだ。
「ところでどうだった、ヒューヴァーの様子は」
あたしに背中を向けたまま、トオマワリが言う。
「べつに」
「べつに、って、なあ」
言いかけて途中で止め、彼はしばらく黙る。
「軍人にはどうだ、会ったか」
「会ったよ」
「本当か」
トオマワリが、がばりと振り向いた。
「何て言ってた。あんな森の奥にいた理由、聞いたか」
「そういうのは、別に」
「なんだ、何聞いてきたんだ」
「べつに」
コーヒーを注ぐと、僅かだが、煮詰まり始めているような感じがした。さっきよりも少し、においが焦げくさい。
「ねえ、このコーヒーメーカー、保温の温度設定、ちょっと高すぎるんじゃないの?」
「そうかな」
「そうよ」
「軍人と喧嘩でもしたのか」
話題を逸らしたと思われたようだった。
あたしは口を曲げ、ソファーに座って彼を見る。
「喧嘩する理由なんてないよ」
彼はしばらく首を曲げてこっちを見ていたがやがて不可解そうに眉をしかめ、自分の仕事に戻った。

「友達になったの」
コーヒーを飲んでしばらくして、トオマワリがかたかたとコンソールを叩く音が緩やかになってきた頃、あたしは言った。
「あ?」
「軍人とは、友達になったのよ」
「意味が判らん」
「そうだろ」
偉そうに頷いて、あたしは背もたれに寄りかかった。
「友達になって、どうした」
「どうもしないですよ」
「…」
トオマワリは振り向き、何か言いたそうに口を開いたが、なんだか気味の悪いものでも見るような顔をして結局何も言わなかった。
また、背中を向けて、仕事に戻る。
さっき、森山と話していたのと同じリズムで話をしてしまっているな、とあたしは少し反省した。
喋ることがいつもと劇的に違うという訳ではなかったが、トオマワリにしてみれば随分調子が狂うんだろうと思って、少しおかしくなった。
低く笑うと、トオマワリはまた気味悪そうに、ちら、と振り向いた。

かすかに、車のクラクションが聞こえた。
表に止まったタクシーのようだった。
「あ」
あたしたちは同時に呟いた。
トオマワリが時計を見上げて小さく舌打ちをする。
「しなり、ちょっと代わりに姐さんのこと、迎えに行ってくれ」
「行かないの?」
「ああ。ちょっと手が離せない。五分くらいしたら手が空くんだが」
「…了解」
あたしは鞄を背負った。
「なあ、お前、なんで鞄持って歩くんだ」
「や、まあ、なんかね」
「意味がわからん」
「まあ、ほっとけ」
さっきと同じことを言って、あたしは管制室を出る。


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