あ・・・・嫌な予感。 それと同時に、私はクルリと踵を返す。 今日の育成を終えて、公園で一人休んでいた私の視線の先に、陽の光に反射して輝く、 明るい金の髪がのぞいてみえたからだ。 (────今のは、見なかった事にするわ) 心の中でそう呟いて、そのまま背中を向けて歩き出す。 もちろん理由は、「あの娘(コ)」に、関わりたくないから。 それなのに、こんな私の気持ちも知らずに「あの娘」は、目敏く私を見つけると、 こっちが恥ずかしくなるほどの大声で、私の名前を呼びながら駆けて来る。 「・・・・・・・リアァァ・・・、ロザリアァァ、 待ってよ、ロザリアってば〜〜!」 「〜〜〜〜〜何よっっ、そんなに何度も何度も大きな声で、私の名前を呼ばないで頂戴ッ。 私の方が恥ずかしいじゃないのっ!」 「だって、ロザリアったら、なかなか気付いてくれないんだもの」 たまりかねて、そう怒鳴った私に、アンジェリークが二ッコリ笑って答える。 一瞬、その笑顔に見惚れて・・・・そんな自分に気がついて、慌てて横を向く。 いつか、守護聖様の誰かが 「天使のような笑顔」 と言っていたのを思い出して、 私は、そんな考えを追い払うように慌てて首を振った。 そうよ・・・・・・何が天使のような笑顔、よ。 この娘(コ)に至っては、何も考えてない、ただの「ノーテンキ」に決まってるじゃないの。 だからこそ、こんなにあからさまな私の態度を見ても、無視された・・・なんて思わずに いられんるだわ。 それとも、分かってて知らぬフリをしているのかしら? ・・・・・・・・まぁ、いいわ。 取りあえず冷静にならなくちゃ。 なにしろ「この娘」に関わると、ロクな事がないんだから! 今だって、そうよ。 普段の私は、優雅で落ち着いていて・・・・・・まぁ、育ちの良さというのかしら? どんな時でも、女王として必要な気品が備わっている───そのはずなのに!! 「この娘(コ)」が関わったとたん、さっきみたいに、らしくない大声を上げたり、苛々したり・・・・ とにかく、私のペースを崩されてしまう。 それが私の、「この娘」に関わりたくない理由なのだけれど。 なのに、アンジェリークときたら、そんな私の心情など知らないで、今日も、昨日も、その前も、 毎日、私の姿を見つけると、ズーズーしく纏わりついて来る。 「─────で? アンジェリーク。 今日は、私に何のご用?」 一息ついて、少しトゲのある私の言葉に、だけどアンジェリークは、それを気に止めるどころか、 私の話を聞いているのか、いないのか・・・・・・・相変わらずのノーテンキで、いつものように、 どうでもいいような・・・取りとめの無い事を話はじめる。 「ん〜 ねぇ、ロザリア? 今日もとっても良い天気ね。ここに来てから毎日ずっとこんなお天気で、 それだけで嬉しくなるわ。 ね、そう思わない? ロザリア」 「・・・・・・アンタって、本当に何も考えてないのね、アンジェリーク」 「えっ?」 「第一、そんな事当たり前じゃないの。だって、ここは守護聖様方も住んでいらっしゃる、 いわば、女王様のお力が一番届く「聖地」なのよ? その聖地の空が荒れるような事があったら、 それこそ一大事じゃない。 女王様のお力が弱まって来てる・・・って事だもの。 ───まったく、そんな事も分からない様じゃ、女王の座は私に決まったも同然ね。」 「・・・・・・・・!!」 「・・・・・・・何よ、アンジェリーク。 何か言いたい事があるなら、ハッキリ言いなさいよ」 珍しく、私の話を黙って聞いていたアンジェリークが、ただでさえ大きな緑の瞳を、 尚大きくして、私をジッ・・・と視つめている。 少し、キツク言い過ぎたかしら・・・・・もっとも、これ位の嫌味が通じる相手とは思えないけれど。 でも、何か私に言いたい事があるなら、ハッキリと言えばいいのよ。 だけど、次にアンジェリークの口から出た言葉は、予想していた私への文句ではなくて。 「ああ、なんて凄いの、ロザリア!! そんな事まで、ちゃんと考えてるなんて、 ロザリアって本当に偉いのね」 「えっ・・・? アンジェ・・・?」 「きっと、ロザリアが女王様になったら、民の為に色んな事を考えてあげる、 素晴らしい女王様になるに違いないわね・・・・・!」 「──────!」 妬っかむでもなく、変な嫌味を込める訳でもなく・・・・・・心底、感心したように アンジェリークはそう言うと、私を見つめてニッコリと微笑んだ。 とたん、カッッと私の頬が一瞬にして赤らむ。 どうして・・・・・・どうして、そんな笑顔が出来るの? どうしてそんな事、簡単に言えたりするのよ?! だって、私たち、競っているのよ? どちらかが勝って、どちらかが負ける・・・・・ だからこそ、こんな時は、悔しい・・・って思うものじゃないの? 少なくとも、私ならそう思うわ。 それなのに、どうしてそんなに素直に、相手を褒めたり出来るの? この娘(コ)には、嫉妬とか、焦りとか、そんな感情がないって云うの・・・・・?? 天使のような笑顔・・・・・・・ ふいに、また誰かの言葉が、頭の中に思い浮かぶ。 無邪気で、元気で、ノーテンキなほど明るくて・・・・・マイナスの感情なんてまるでない、 素直な笑顔。 そうよ・・・・・バカがつくほど、素直なアンジェリーク。 でも、もしかしたら、真実(ホントウ)に女王に相応しいのは、 私より、あの娘───・・・・?! 「───?? どうしたの、ロザリア?」 黙ったままの私に、アンジェリークが心配そうに声をかけて来る。 自分がすごく恥ずかしいような、悔しいような、羨ましいような・・・・何と云っていいのか 解らない感情で一杯になって、うまく言葉が出てこない。 「──────私、帰るわ」 「えっ・・? ロザリア? ちょっ・・待って、ロザリア。一体どうしたの?!」 やっと、それだけを口にしてスタスタと歩き出した私に、アンジェリークが慌てたように、 その後を追いかけて来る。 とにかく今は、この娘(コ)の前に居たくなかった。 なのに、そんな私の気も知らないで、アンジェリークは尚も私に付き纏うと、 「ねぇ、待ってよ、ロザリア。 一体どうし・・・・・」 「〜〜〜〜〜もう、私に構うのは止めて頂戴ッ!」 とうとう私は、大声で怒鳴っていた。 嵐のような感情の波を押さえつけていた、私の中の防波堤が壊れてまったのだ。 「アンタって、どうしていつものそうなの? アンジェリーク! 毎日々、大した用もないのに私に付き纏っては、私を振り回してばかり・・・・! それに付き合わされる、私の身にもなって頂戴。 私だって、たまには一人で考えたい時だってあるのよ! それなのにアンタは、いつだって無神経に寄って来ては、邪魔ばかりして・・・・!」 「ロザリ、ア・・・・?」 「アンタは知らなかったでしょうけどね、アンジェリーク。 本当は私、とっても迷惑していたのよ! でも、これで分かったでしょう? もう気安く私に付き纏ったりしいで・・・・・ッ!!」 傷つけた・・・・! これは、完璧に八つ当たりだわ。 だけど、止めなきゃ・・・と思う気持ちとは裏腹に、口が勝手に言葉を繋げてしまう。 一度、口から出てしまった言葉は取り消せない。 アンジェリークの顔を真っ直ぐに見ていられなくて、私は首を横に向けて俯く。 それでも、今にも泣きそうなアンジェリークの顔が浮かんで、私はどんな罵倒も文句も 受け止めるつもりで、ギュッ・・・と両手に力を込める。 だけど、アンジェリークの次の行動は、また私の予想を見事に外した。 「・・・・・ごめんくなさいね、ロザリア」 「 !? 」 「私、ちっとも気付かなくて・・・・そうよね。ロザリアにだって色々都合があるのに、 私ったら何にも考えないで、ロザリアの邪魔ばかりして・・・・・本当にゴメンね、ロザリア」 「あっ・・・アン・・・・」 「私、ここで気軽に何でも話せるのって、ロザリアだけだったから・・・・・ つい、ロザリアに甘えちゃって・・・。 でも大丈夫。 もう、ロザリアの邪魔はしないって 約束するわ・・・・」 そして、アンジェリークは、まるで私を安心させるように、両手でそっ・・・と、 私の固まった拳を包み込むと、 「本当にゴメンね、ロザリア」 そう言って、アンジェリークは、笑った。 泣くのでもなく、怒るのでもなく・・・・・・・笑ったのだ。 「! アンジェ・・・・・・!」 「じゃぁね、ロザリア。 私、先にお部屋に戻るから・・・・」 「まっ・・・・」 待って────そう叫ぼうとして、私は言葉を飲み込んだ。 今更、何が言えるというの。 酷い言葉を投げつけた、悪いのは私の方なのに! まさか、あの娘が、あんな風に言うなんて・・・・・ あんな風に・・・・笑うなんて。 初めて見た、あの娘の、あんな切ない笑顔───・・・・・ そして、そうさせたのは私・・・・。 一瞬、胸の奥が針で刺されたように、チクンッ・・と痛む。 それから、そんな痛みを無視するように、私は再びグッ・・・と手を握ると、 「───だって、あの娘が悪いのよ・・・! いつもいつも私を振り回して・・・・。 だから、これで良かったんだわ。 これでもう明日から、煩く付き纏われたりしないで 済むんだもの! そうよ。これで良かった・・・の・・・よ・・・・・」 でも、そう言った私の声は、痛んだ胸の傷を表すように心細く震え、 強く握り込んだ手は、まだほんの少しアンジェリークの手の暖かさを残し、 何故か私を泣きたい気持ちにさせた・・・・。 あの日から、3日───・・・・ 今日の育成を終えて、聖殿から帰るところだった私は、ドスドスと足音がしそうな勢いで、 幾分、乱暴に廊下を歩いていた。 「────なんだって云うのよ、もう・・っっ!」 あれから約束通り、アンジェリークは私に纏わりついて来なくなった。 なったのに─────でも、何故か私は落ち着かない。 本当におかしな事に・・・・・・私は、エンジェリークが 「側にいなくても」 あの娘の事で、イライラしているのだ。 確かに、こうなる事を望んでいたのは、自分のはずなのに──── 実際、アンジェーリークの影が、私の後を追わなくなったとたん、何かが足りないような・・・・・ 心にポッカリ穴があいた様な・・・そんな気がして仕方ないのだ。 そう───・・・ 聖殿も、公園も、何処もかしこも、まるで暖かい春の陽射しが隠れてしまったみたいに、 何処か寂しい気がして・・・・・・。 淋し、い・・・? 「気軽に話せるのって、ロザリアだけだったから・・・・」 ふいに、あの娘の言葉が、頭をよぎる。 あの時の、切ない笑顔と一緒に。 「〜〜〜〜〜っ! だ・・・大体、あの娘は、何なのよ! 今まで、あんなに煩く付き纏ってきたクセに、いきなりパッタリ来なくならなくたって いいじゃない?! そりゃぁ、邪魔しないでって言ったのは私だけれど、あれから1回も 顔を見せに来ないなんて、本当に嫌味な娘なんだから・・・・っっ!」 そして、自分の言った言葉に、ピタッ・・・と足を止めると、 「────って、こ、これじゃぁ、まるで、私があの娘に会いたがっているみたいじゃないの・・・・・!」 そうよ。 別にあんな娘(コ)なんて、どうだって良いじゃない。 私が気にする必要なんて無いんだから・・・・ッ! だけど────・・・・ 少し、様子がおかしい。 あんなにウルサイ娘だもの。 何処に居たって、すぐに分かるはずなのに、 あれから一度も顔をみてないなんて───・・・・ 「・・・・・・・・。」 思わず、親指の爪を噛む。 これは私の悪いクセ。 そして気がつくと私は、何かを考える前に、そこから駆け出していたの───・・・・。 ピンポーン インターホンを押しても返事がない。 まぁ、いつも寝ぼけているあの娘の事だから、これは、余り気にならない。 「アンジェリーク? 私よ、ロザリア」 また、返事がない。 少しだけ不安になる。 「・・・・・・アンジェリーク? 勝手に入るわよ、いい?」 そう言いながら、ドアノブを回す。 そして───・・・ 「─────!」 思わず、声もなく立ちすくむ。 散らかった部屋は、まぁ、いつもの事。 でも、ベットから起き上がろうとしているアンジェリークが・・・・・ 「あ・・・ロザリア? どうしたの? ごめんね、今、そっちへ行くから・・・・」 「あ・・・アンタ、「どうしたの?」 じゃないわよ! アンタの方が 「どうしたの?」 じゃないの!! 何よ、その顔色・・・・真っ青じゃないの・・・・ッ!」 「ん・・・ ちょっと寒いみたい。 でも大丈夫だから! ロザリアは心配しないで・・・・」 「何言ってんのよ。アンタ、熱があるじゃない?! 全然、大丈夫なんかじゃないじゃないの・・・・!」 「ロザリア・・・・・・」 「いいから早くベットに横になりなさい! あぁ、もう信じられないわ・・・! 一体、いつから具合が悪いの?!」 「ここ、2〜3日くらい、カナ・・・?」 「もう! 何で、もっと早く私に言わなかったの? こんなになるまで黙ってるなんて、 アンタって本当にバカね・・・・!」 「だって・・・・ロザリアに迷惑、かけたくなかったんだもの・・・・・」 「 ! アンジェリーク・・・・・」 そこで、私はハッ・・・と気が付いた。 2〜3日前といえば、私達が喧嘩をした日───・・・・・ だから言えなかったの? アンジェリーク? アンタがそんなに酷くなったのは、私の所為・・・・・・? 私はまた、アンジェリークに気付かれない様、両手をギュッ・・と握りしめ、 なんとかアンジェリークに向かって平静な顔を作ると、 「・・・・・・・・・それで、アンジェリーク。 お薬の飲んだの?」 「あ・・うん・・・その・・・・・」 「────飲んでないのね? 呆れた・・・!」 「・・・・・・ゴメンなさい、ロザリア・・・」 毛布から半分だけ顔を出して、まるで小さな子が叱られた時の様なアンジェリークの姿に、 私は知らないうちに溜息をつくと、 「いいわ・・・ちょっと待ってて。 私の部屋に風邪薬があったはずだから、 それを持ってくるわ。 それと、ディア様に相談して毛布をもらってきましょう。 ああっ・・と、他に、何か食べたいものとかある?」 「ううん・・・・・食欲ない・・・・」 「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ・・・・! それじゃあ、治るものも治らなくなるわ。 ───仕方ないわね・・・・。 じゃぁ、後で消化の良い軽いスープか何かを作ってあげるから・・・・ とにかく、アンタは静かに寝て待ってなさい。 いいわね? アンジェリーク」 「うん・・・・ロザリア?」 「何?」 「・・・・・・・・ありがとう・・」 「・・・・・・! 馬鹿ね・・・。 そんな事いいから、早く寝なさい」 「うん・・っ」 はにかむように微笑むアンジェリークを背中に、何故か私は優しい気持ちでドアを閉めると それから急いでディア様のいる聖殿へと向かった。 そして、それから後は大変だった。 ディア様に毛布を借りに行ったとたん、あっ・・・と云う間に「アンジェリークが倒れた」と云う噂が 聖殿中を駆け回り、次から次へとお見舞いに訪れる守護聖様達の接待で、目の回るような 忙しさだったのだ。 「結局───守護聖様方、全員お見えになったわね・・・。 ふふっ、皆、アンタの事が好きなのね、アンジェリーク」 嫌味ではなく・・・・不思議なことに、本当に素直にその言葉を口から飛び出した。 「そんな・・・・守護聖様方は、皆さんお優しいから・・・・」 「何言ってるのよ、アンジェリーク。 アンタだからこそ、皆様いらしたんじゃないの・・・! ────私、今なら何となく分かるの・・・・きっと倒れたのが私だったら、 皆様全員来てくれてたか分からないわ・・・・・。」 「ロザリア・・・・?」 最後の方が小声で、良く聞き取れなかったアンジェリークが、不思議そうに小首を傾げて 私を視つめる。 それを私は笑顔で誤魔化すと、 「とにかく元気になったら、皆様方にちゃんとお礼に伺うのよ? ───さ、やっとスープが出来たから・・・・コレ食べて、薬飲んで、もう寝なさい。 今日は、私がついててあげるから・・・・」 「ありがとう、ロザリア。 ロザリアって本当に優しいのね・・・」 アンジェリークはそう云うと、また私の手を取って、キュッ・・・と握った。 暖かい手・・・・春の温もりのような、皆を安心させる不思議な温もり・・・・。 「くすっ・・・」 本当に優しいのは、アンタでしょ。 アンジェリーク・・・・・・ 私はそう言葉にしようとして、口を閉じた。 今は、まだ言わない。 そう・・・・・・・・「その時」が来るまでは。 だから───・・・・ 「いいから、早く寝なさいよ、アンジェリーク」 「ん・・・。大好きよ、ロザリア」 「ふ・・ん。 私も、アンタの事 「嫌いじゃないわ」 アンジェリーク。」 そして、私もアンジェリークの手を、キュッ・・と握り返すと、 「だから・・・・・だから、今までみたいに、話相手くらいにはなってあげてもいいわ。 ────毎日はイヤだけど。」 そしてアンジェリークはニッコリと・・・・ 天使の笑顔で笑った───・・・・・。 1996.12.28up 「天使の見る夢」掲載 発行は Jewely Boxさんから。 NOVEL目次へ戻る TOPへ戻る |