INTERLUDE

 赤錆の混じったアーケードの屋根がどこまでも続いている。
この束菜アーケードも、モデル都市として開発されていた頃に比べるとずいぶん古くなった。
 他の都市ではほとんど見られないオート三輪が、荷台一杯に果物を積んでよたよたと走っている。
薄汚れた青い三輪は、まるで人波をかきわけるようにメインストリートを中心部に向かって走っていた。
そこはどんなときも混雑している。
誰かが叫びながらリンゴを三輪の方に放り投げた。運転手は窓から右手を突き出して返事をする。
三輪の車体にぶつかって跳ね返ったリンゴは別の誰かに当たり、新しい喧嘩に火種が蒔かれることとなった。
声や音楽がまるで反響するように重なり合って、絶対的な質量を醸し出している。
 混沌だ。
行き交う人々の熱気がメインストリートを一杯にして、魂を循環させてゆくようだ。
圧倒的な熱気に対しては、アーケードの屋根に取り付けられた巨大な換気扇でさえも気休め以上にはなれない。
アーケードの通りは<生>に満たされている。
混沌として、猥雑で、非情で、 歓びに包まれた<生>が、当然のように通りを一杯にしている。
ここでは他のいかなる存在も<生>に染められてしまう。
ここでは、すべてが現実だ。ここには現実しかない。

 しばらくすると通りの一角で、おおお、と歓声があがり、勢いのいい水柱が屋根すれすれまで噴き上がった。誰かが消火栓を壊したようだった。
 叫び声のような音をあげて噴き出す水柱が、走るオート三輪よりも断然効果的に人混みに穴を開けた。笑い声も悲鳴も、お喋りもかき消す圧倒的な水音が通りを埋めてゆく。
大きすぎる騒音は逆に、何も聞こえないという点で静寂と同じだ。
 通りは、その意味では恐ろしいほどの静寂に染まっていた。消火栓が壊される前とは打って変わって、非現実的な空気が通りを支配していた。
通りを満たしていた<生>は、激しい水柱にかき消されるように姿を消した。通りは、空っぽになった。
 そこに<生>は存在しない。ただ、熱に浮かされたような興奮だけがあった。
誰もが首を捩じ曲げ、あるいは足を止めて、水柱を見上げていた。
 黒いジャケットの男が水柱を指差して大きな口を開けている。
何も聞こえない。
 水しぶきを避けながら長い髪の女が口をぱくぱくさせている。
何も聞こえない。
 三輪の運転手が苛立たしげに何度もクラクションを叩いている。
何も聞こえない。
 <ありすぎる>ということは<ない>ということと同じだ。
 <求める>ということは<選択する>ということだ。

これは、閉じられたアーケード都市に生まれたひとりの少女の物語である。
 彼女の名前は、マコトといった。
彼女の世界は静かで、完全だった。彼女は養父である美月良一と二人で、幸せに暮らしていた。
二人に血のつながりはなかったものの、すべてが幸福で、完全だった。
 この時が永遠に続けばいいと、そして永遠に続くと、彼女は思っていた。
 けれど、すべては移り変わる。
壊れた消火栓から噴き上げる水柱も止まる。人混みもやがて少なくなるだろう。街は眠るし季節だって巡ってゆく。<永遠に続く瞬間>なんて、どこにもない。
 世界は、まわっているのだ。
そしてこれは、そんなこの世界で求め、選択して生きてゆく少女の物語なのである。

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