監視するドリー

マインドシフター。
精神選別者。

それが昔のドリーに付けられていたあだ名だ。
彼はかつて自在に七つの名前を使い分け、十六の使役動物を自在に操った。
彼はかつて人の魂の形を見分け、選別することを神に許された魔導士であった。
だがそれも昔の話だ。
今は違う。
策略と裏切りによって彼はその美しさも、才能も、名前も、すべてを奪われてしまった。
残っているのはかつて自分で作った外套と愛用の杖、それと蓄えた知識だけだ。

今の彼は失意のどん底だった。
名前をなくし、ヴィスコヴィッツに出会って以来これまで、ろくな目にあったことがない。
今度だって、その最たるものだ。
少々無茶な作戦を強行したお陰で部下は全滅し、今や彼は足手まといのルーキーと二人きり、敵陣の真中に孤立している。
だが、孤立しているのは無茶な作戦のせいだけではない。
どこかから情報が漏れていたらしい。
今度ヴィスコヴィッツに会ったら、身内に裏切り者がいる可能性を指摘しておかなければならない。

「まったく、こいつはろくな軍隊じゃねえぜ、ヴィスコ」
ドリーは小さく悪態をついた。
この状況でただひとつ良いことがあるとすれば、求める仇の情報をヴィスコヴィッツがようやく掴んできたことだった。
それでこそ、彼に協力しつづけてきた甲斐のあるものというものだ。
ここを脱出したら真っ先に復讐に行かなければならない。
「しかし、だ」
呟き、ドリーは杖にすがって立ち上がった。
今は何よりここから脱出することを考えなくてはならない。
彼は背後で座り込んでいるバトル・クイーンに目を向けた。
これだから女は嫌いだ、とドリーは口に出さずに思う。
ヴィスコヴィッツも、いい時にいい足手まといを送り込んでくれたものだぜ。

「スケア・ポップ?」
彼はしくしくと泣いている彼女を無視して愛用の杖に話し掛けた。
「間抜けな弓兵の脳味噌に、真っ黒い霧をかけてやれ」
ぶつぶつ呪文を呟きながら、ドリーは右手を腰に当てた。
杖の先に捉まれた髑髏が口を大きく開く。
おん、と返事をするような音が、髑髏の中で反響する。
彼は、自分の杖がもたらすであろう成果に満足して振り返った。次はこちらを片付けなければならない。

なるべく手短に済ませようと彼は言った。
「いつまで泣いてやがる、機械人形」
「…」
「いいか、もう俺とお前しか残ってねえんだ」
「いやだ、もういやだ」
「黙れ」
ぐい、と腕を引くとバトルクイーンは涙のたまった目で彼を見上げた。
顔だけを眺めれば、彼女はそこらにいる娘と同じだった。機械の体を手に入れて、まだ間もないに違いない。
少しだけドリーは彼女の境遇を考えた。
テクノマンサーとは違う、明らかに生まれつきではない、鋼鉄の体。肉と鉄に断ち切られた戦場の女王。
こいつは、一体どんな事情で彼女はヴィスコヴィッツと出会ったのだろう。ドリーは少しだけ考えたがすぐに止めた。
自分と同じで、どうせろくな事情ではない。聞いても気が滅入るだけだ。

それに今はそんなことをしている場合ではなかった。彼らに残された時間はもうあまりない。
魔法で混乱させられている弓兵が正気に戻るのも時間の問題だ。
「おい」
彼はヴィスコヴィッツから聞いた彼女の名前を思い出した。
「おい、クララ、いいから来やがれ」
ドリーは無理矢理彼女の腕を引っ張って歩き出した。

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