魔法の言葉

主要登場人物
男(けだるい雰囲気)
女(哀しい雰囲気)


シーン1
川原にいる男女二人。二人は付き合ってもう五年。
色々お互いの色々なところを知りすぎた。
並んで土手に腰掛けて、二人は遠くの対岸を見ている。
そんなふたりをカメラは遠くから写す。
ただ、風景を切り取っている。

やがて、男は女のほうを向いて、何事かを呟く。
カメラ、過ぎた時を繰り返して男の口元のアップに。

「わ・か・れ・よ・う」
音が聞こえない。

その言葉を受けて、女が取り乱したように立ち上がる。
男を突き飛ばし、怒りに彼女は身体を震わせる。

女(非難する調子で、とても強く、身振りを交えながら)
「ばびで?ばびばびびべばびびぼ、べべ!ばびぶべぼぼびば、ばばびぼばばぶべびぶべ、ばばびびっぼっ!?」

男(目を伏せ、彼女と目を合わさずに、しらっと)
「ぼばべぶぼばびば…(ため息をつく)」

女(余計激昂したように)
「ばばびぼばびぼ、ばばべばっべんばべ?…びばばびべ、ぼびびぶばっばんばばばばばべべぼ!」

男(キッと女の目を見て、言いたくなかったことをとうとうはっきり言ってしまうように)
「ぼばばびばびばんばば!」

少しの沈黙。
鬼気迫る沈黙。ふたりの五年間が壊れてしまった沈黙。

女(三回深呼吸をして、静かに、男を見下ろして)
「ぼばべ、ぼべべびびんべぼ?ぼべべばんぼぶべぼ?…ばばべべばべぶばぼ。ばばべべばべぶばぼ!」

男(黙って川の方をむき、返事もせず、目もあわせない)
「……」

女、しばらく男を見下ろしているが、彼の態度は硬い。
一瞬気弱そうな顔を見せて、女は歩き出す。
男の背後を回って駅のあるほうへ。
男は振り向かず、ただ川を見ているだけ。

静かに音楽が変わり始める。
どこかで聞いたことのある、弾んだ、楽しい音楽。
曲目は「ビビデバビデブゥ」(TMディズニー)

女は男の背後でそうっと立ち止まる。
音楽、前奏の終わる瞬間に、まるで指揮者のように男の背中を蹴飛ばす女。
蹴られて前にのめり、土手から転がり落ちる男。
ごろごろごろごろ。
ばったり。

唄にかぶせてアフレコで替え歌。

「やめてよしてさわらないで垢がつくからー♪
あんたなんかきらいよ、顔も見たくない♪」

以下繰り返し。

颯爽と歩き去ってゆく女。
土手の下で動かない、草だらけになっている男。
青く晴れ渡った空。音楽が途切れるまで続く。
気持ちのよい休日の午後の風景。


以上、魔法の言葉(原題「びびでばびでぶう」)の脚本。
撮影済み。
この映画に限って言えば、偶然を好んで撮った節がある。
とにかく現場に赴いて、どの角度からどう蹴飛ばしたら面白いかだとか、
どう転がり落ちるのが面白いかだとか。
そんなことをかなり行き当たりばったりで撮った覚えがある。
それに熱中していたら、膝で犬の糞を踏んですごくブルーになった記憶もいま、蘇って来た。

脚本自体の出来は、まあ、言わずもがなである。
駄洒落の解説をするようで泣けるけれど、ようするに、出落ち。

話運びとかよりも、映像に頼った作品。
大体ビビデバビデブゥの唄が二回流れるくらい。
上映会に出したら「編集が荒いと思います」という評価を貰った。
本当にそのとおりで、なんというか、もっと面白くなったかもしれないなあと後悔の残る一品だった。
(撮影:1999年、夏頃)

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