7月度



十六日水曜日 一言 「ヤルヨッ☆」
昨日、こんな未来ピアノを紹介されたついでに、思ったのだけれど。

人類の、指、ってありますよね。
で、その指なんですが、生き物として進化してゆく上で、親指が他の指と逆向きに生えているというのは、かなり重要なファクターらしいのです。そうすることによって、モノをつかめるようになって、道具を作り出すに至ったとかなんとか。
確かに親指なしだとお箸はおろか、鉛筆も握るの困難ですので、納得する次第で。

で、アニメや漫画の異星人とかモンスターとかを見ても大体指の数って五本とか六本とかその辺なわけで。
それがなんでかというのを考えるとたぶん、十進法に慣れた我々の想像力で想像するとやっぱりその辺の数に落ち着くんだろうと、と。
ドラえもんのような球形手で「ワレワレ・超文明・築キマシタ」つって言われたって説得力ない気するし、指がたくさんあるとあるで、多分相対的に手のひらも巨大になって、我々人類から見ると「指」ってより「触手」って感じの絵になる気がするし。
というわけで要するにまあなんちゅーか。
人型の生物の片手の指の数は、まあ大体五本からプラスマイナス3本くらいが妥当だろうと思うんです。

で。
そこでようやっと「ピアノ」とつながるんですが。

もし人類の指が片手で六十六本とかあったとしたら、きっとピアノは今の形じゃなくて、たぶんタイプライターのような形になったんじゃなかろうか。あのアコーディオンみたいなやつに近いような。
とか。
そして逆にドラえもん系生物の星には、間違いなく、打楽器しかない。
とか。
下らないことをモヨモヨと考えてました。

となると、地球人類最大の、そして異星人には不可能な独自の発明というのは滑車でもてこでもなくて、「ピアノ」ではあるまいか?なんつって思ってました。
いやいや実際あの微妙な曲線で構成された形は奇跡に近いんじゃないかとか。
そしてそういう風に考えると、ピアノの曲を聴くことが出来るというのは非常なる幸福というか幸運なのではないかなあとか思いました。

どこかのだれかがしんけんになやんでいそうだったので、相談に乗ってくれそうな先生を召喚してみました。

「先生、先生ー」

「呼んだか」

「あ、ちがう。先生じゃない。閣下、閣下ー!」

「 こ の ア ニ オ タ ど も め 」

「な、なんだこいつ」

「ザルデュシュト2の新しいご意見番、アメリカの閣下です。閣下、ありがたいお言葉を」

「 悩 ん で る 暇 が あ っ た ら 、 空 手 や れ ! 」

「あ、ありがとうございました」

「またおかしいのが増えた…」
十七日木曜日 一言 「微笑み殺し」
凄いバカを発見しました。
もう尋常じゃない。
なんていうか、神に近い。

コレ

や、表題に乗っているイスラエルの女性には物凄く同情するというかオソロシイと素直に思うんですが問題はその下。
94年2月のナットの男。
久々に声を上げて笑ってしまいました。バカのイデアというしかない。

っていうか、こいつだけ「体内に異物」じゃないのに紹介されている辺り、記者のそこはかとない悪意が。

シリーズ。プレイレポートオブ「少年の檻」。第一回。

さて。まず言い訳から。
僕がこのような、植物のように暮らしている23歳には全く縁もゆかりもないような感じのゲエムをすることになったのかは、遠く古く今年の三月二十七日に端を発するのですが、その辺の日記を参照していただくような手間をかける価値のあるような面白い話ではないので手っ取り早く申し上げると、要するに麻雀で負けた罰ゲームです。
「負けた方が<ヤオイ一直線>というテーマでサイト企画を立ち上げる」という罰ゲーム。
くすん。
ヘテロには厳しいです(色々)。

でもって色々あって「ボーイズラブゲーをプレイしてプレイレポートを書く!」と宣言し、「でもボーイズラブゲーなんて持ってないしなあ」と、まるで萌えロワを一向に更新しない人のようなことを言ってはぐらかし続けてたのですが、どこぞの神からヤオイゲーを提供(それも三本!)していただいて、いよいよ逃げられなくなってました。
なのに今までずうっとなんだかんだ言ってプレイに二の足を踏んでいた僕。
今までずうっと逃げつづけててゴメンなさい。やります。やるからぶたないでください。ガタガタ。

というわけでようやくプレイです。
第一周目の感想は…、なんていうか。

「大丈夫!思ったほどじゃなかったヨ!」

一応一度クリアしたので、ストーリーをかいつまんで説明すると、
「なんか過去とかに色々傷持つ身らしい主人公(男子)が転校してきた先で同級生に再会し、再会ついでに色々な怪異に遭遇し、そこで出会った主人公の命を付けねらう美少年や守ってくれるという美少年との間で怪しく揺れつつ、不意に黒服の集団によってどこかへ攫われて、何も分からないまま殺される(服破かれて)」
どどーん!

「そりゃまた…斬新…というか」

「しかし最後の、<殺される(服破かれて)>というのには興味あるな。ヤマ場か?」

「違う、違う!これ、一応バッドエンド!盛り上がっちゃ駄目!」

「…ていうか、先生は変な部分に興味そそられないことー!」

まあともかく。
なんかそんな感じでバッドエンドを迎えてしまいましてションボリ。…割と妥当な選択肢を選んでったつもりなんだけどなあ。

ちなみに、バッドエンドの画面には「一人の人と集中的に仲良くならないとゲームオーバーになりやすいです」というようなメッセージが表示されてました。
「目をつけたキャラには、何が何でも一直線にむしゃぶりついてゆけ!」という意味らしいです。
これで「クリアの為」という大義名分も立ったことだし、幾らゲームとはいえそんな露骨な行動はなあ…と足踏みしていたシャイなあんちくしょうも、これで思う存分好みのキャラにすりよってゆけることでしょう…ってことか?
そ う な の か ?

今のところ出てきたキャラの中に、ヲベロンツボキャラはいません。大陸馬賊とか、学ラン女とかいない。残念。
主人公を始め学生はみんな学ランですが、ボタンがないのと、なんか上着が短いのでポイント減。
いまひとつオサレ風で萌えません。
が、が、学ランってのはさあ!もっと、こう、ちょっと古くてさあ!擦り切れてたりしてさあ!埃のニオイとかしてさあ!

と言ってもまだ会話すらしてないキャラとかがおりますのでとりあえず保留ということで。
これからおいおい狙い定めた人を一人づつ紹介していこうかなあ。

「まあそれはそれとして肝心のエロはどうかね。エロエロかね。ウヒヒ」

いや、そこはまあ、なんとか。18禁じゃないし。
まあ実際、ちょっとキワどいボールとか来てますが、ビーンボールは今のところなし!
なにせ提供してくれたのが、神ですから。
18禁じゃないのを持って来てくれたその心遣いがマジにありがたいです。

ということで第一回、終わり!続くヨッ!攻略サイト?絶対ミナイヨッ☆

そして、そんな負債を返す僕に強い味方が!
まぐ菜キター!
約束したことを頑張って守る姿に感動キター!僕も頑張る!博打の負け罰、頑張る!

しかし予告更新だけでショボーンの罠!期待して待ちます。わくわく。
十八日金曜日 一言 「おほんのり」
今日はプラネタリウムに出かけるつもりだったのだけれど、色々あって中止ー。
週明けには必ず行くぞー。

なんつったって、大人一人200円というこの破格の値段。これなら通えるってなもんです。
中の様子がステキだったら毎月行ってもいいくらいだ。

つーわけで昨日彷徨った生田緑地について今日書く実験。色々発見があったんです。昨日は他に書くことがいっぱいあって書かなかったけれど。

岡本太郎美術館って、生田緑地に出来てたのね!
とか。
しかもあんなクソ奥まったところに作ったら迷うだろそれ!
とか。
この案内地図、めちゃくちゃだぜ!ここ行き止まりだぜ!
とか。

でもってここで飛び出すのが微妙な恐怖体験なんですが、この生田緑地の端って専修大学のすぐ近くなんですよ。
で、本当にキャンパスと近い場所があるんだけど、そこってなんていうか、崖の上と下というか、まあ率直に言うと場所的には近いけれど行き来するにはものすんげえ遠回りしないと行けないような場所なんですね。
で。
そのへんは蛍のいる沼になってて、こう、道のほとんどが行き止まりな訳ですよ。
山間の沼らしく、斜面には竹薮とか、杉とか、色々あってちょっと暗くて、寂しい感じで。今は明るいからアレだけど、日が暮れたらこりゃあ一人歩きは怖いぞ、と、そういうような場所。
で。
そこに僕、迷い込みまして、歩いてたんですが、専修大学のキャンパスから音楽の練習してるっぽい音が聞こえてきてて、のほほんとその調子外れた音を聞きながら歩いているうちに、なんかひとつだけ違うとこから聞こえてくる感じの音が聞こえてくるんです。
ふっと見ると、沼地の上にかけられた遊歩道にあるベンチで、大学生らしき青年がちっちゃい太鼓をぽこぽこ叩いてるんです。黒沢年男みたいな帽子かぶって、煙草くわえて。
で。
その前を通り過ぎて十メートルくらい行くと、行き止まり。
戻ってみるとまだ太鼓叩いてるんです。(行って戻ったつったってまあたいした時間じゃないから当然なんですが)
なんか変わったところで太鼓叩く人だなあと思いつつ、会釈すると会釈して返すし、まあ普通の人だろうと思って別の道を歩いていくわけです。
と、今度も行き止まり。蛍の沼だから、一般道へは行きにくいように作ってあるんでしょうね。
なるほど、とか思って帰ってみると、今度はさっきの太鼓の人の姿がありません。

なのに、なんとなくまだ太鼓の音が聞こえるんだけど。

ほんのり怖かったです。
そして明日スンゲー早起きして出稼ぎなので、すでにおやすみなさーい。ネルマース。ぐう。

>ルーカスさん
幸せの精…活躍させてあげたいけれど、アイツ何考えてるかわかんないよーっ!とりあえず、スルメは好きらしい。
十九日土曜日 一言 「うちわ」
今日も五時起き明日も五時起き明後日も五時起き。

うふふふ、ふふう。

労働ってステキです。やめられない。

というか今日、明日、明後日と熊谷に出掛けてマス。熊谷。
あの有名なうちわ祭でバイト!じゃないのですよオーヨーヨー。

でもひょんなことから後輩の友達が巫女でバイトでうちわ配ってると聞きつけたので、明日は(死んでなければ)仕事が終わってからうちわ祭を見学にいってくるつもり。駄目でも明後日にはきっと行くつもり。

片道1000円を超える切符を買ったら、JRは「少し大きい切符」とかをくれてもいいと思った。
そういうサービスを始めたら、きっとホームで暴れる大人は減ると思った。

なんか思考が切れ切れ。断片的です。
それというのもきっと、行き帰りで本を二冊読みきってしまうというこの移動時間だと思いますウフフ。

今日読んだ本は非常に面白かったので、後日きちんとレコメンドしようと思う今日この頃。というか今日。

もはや萌えロワが更新されていなくてもそれほどショックではありません。寝ちゃう。寝ちゃいますから。

ウフフ。
ウフフフフ。

ガッデム。
二十日日曜日 一言 「八坂」
五時起き五時起き五時起きヤフーイ。

本日はうちわ祭初日。
仕事終えて山車の詰め所みたいなところに行ってみたらばちゃんと巫女さんがうちわくれました。
しかも、いくつ欲しいですかとか聞かれた。サービス満点。
巫女さんなんてめったに見たことないので、四方八方からなめるように観察したかったけれど、疲労してたのと、正直なめるように観察してもなあ、と思って止しました。

神社の方では何かやってるんですか、と尋ねてみたところ、このお祭では御祭神が八坂神社から出張するらしいので、今神社の方に行っても神様いません、とか言われたのがちょっと斬新で面白かったです。
あ、留守?じゃ、しょがないなあ、みたいな。

かわりにその詰め所でお札を貰って帰宅。

で、帰ってみたらば八時半、うわあ、遅うい!
電車から恨めしく川など見つめてみると、うわあ、赤あい!

終わりかけだけど稲城の花火やってました。
急いで帰ってベランダから眺めてみます。
風がないのでもくもく煙ってしまって、ここからは少し見づらかったけれど、よかったです。さすが花火。

さすが川沿い在住。
年がら年中蚊が多くたって、夏の夜はチンケな花火に興じる若者の声がうるさくたって、花火の夜は新歓コンパの学生が同情するくらい音痴だって、今日だけはおつりが来るぜ。

花見と花火、花のつく行事にはめっぽう強い川沿い在住。

何でも、暖めすぎると時機を逸するとか、人に取られるとか、よく言います。
でもここで僕はもっとこの格言を正確に記述したものがあります。

「暖めすぎると、孵る」

時機を逸しても、人に先んじられても、自分さえやる気ならその卵は食べられます。
でも、孵っちゃったらそうはいかない。卵は食べられない。食べたとしてもそれはもう卵じゃない。ひよこ。

これ、どういうことかというと、アイデアなどを暖めすぎて、頭の中で形が練り練られしているうちに、それは頭の中で「完全なかたち」になっていってしまって、自分が介入する必要のないものになってしまうということなのです。

作らなくても完全なかたちで(脳内に)ある、というのはある意味作品にとって完全なかたちで、ひとは誰でもそれぞれそういう物語をきっとひとつふたつ持っていて、そういうものを持っているということはまったく幸福だけれど、その幸福は共有されるものではないし、直接的には外には向かわない、ということなんです。

せっかく最初は外に向けて考えてたアイデアなのに勿体ない…と思うかどうかはその人次第でいいも悪いもないけど、きっと孵ってしまったらそれは「人に分けてあげられるもの」ではなくなってしまうと思うんです僕。

言い換えて、イデアは影を落とすからこそイデアなんだなあとか、分かったような分からないようなことを言ってみたりして。

たぶん、影のないイデアはきっと幽霊です。マボロシです。

ちなみに今のどちらの格言も、僕がたった今、ちょっといいこと言った風を装って、萌えロワが更新されないことを突付いてみようと思って作った。
…というのに、作りながら充分すぎるほどオノレにも当てはまることに遅まきながら気づき、仰天というよりも「人を呪わば穴二つ」という僕の大好きな諺が、脳内を旗上げて笛吹きながら横断。
愕然として早寝。明日も五時起きです死にそうでもがんばる起きる。
二十一日月曜日 一言 「オイオイ」
やあやあ五時おきも今日でおしまいだとおもうと心が乱反射。
輝かんばかりにぐったりして出かけました。

で、往復四時間を越えるこの通勤時間をどうにかして有効活用しようとしてこの日々、読んでいた本などをまとめてご紹介。

『鳶頭政五郎覚書/とんびの独言』(山口政五郎/角川書店)
これ、スゲー面白かったです。鳶頭(かしらと読む)の人の講演記録などに加筆修正しているようなのですが、それだけあって、アレだ。文体がすごく面白いです。江戸弁で、しかも、「粋と不粋」とか、「祭について」とか、そのなんというか清潔で質素な生活を想像させる、やんちゃっぷりがたまりません。
なによりモロモロの含蓄が、身の丈を出ていないのが本当にステキです。文化人の本や文章は、やたら身の丈を越えた一人歩きした言葉ばっかりで死にそうになるんですが、この人のはステキです。この人の言葉という感じがするの。ちゃんとオススメです。読んで損はしないよ。ぜったい。
ちなみに内容をざっと紹介すると、町鳶の生活についての思い出から、祭・木遣・梯子乗り・半纏についてなどの職業特性についての話、ポチ袋や千社札など個人的な趣味の話という流れでした。
どうですか。興味ムクムクでしょ。読むべし。

『白の闇』(ジョゼ・サラマーゴ/雨沢泰・訳/NHK出版)
ふだんからあんまり小説を人に勧めないタイプの僕が、これ凄いです、と自信を持ってオススメできる小説です。
久々に絶賛。
物語は、とある男が交差点で突然失明するところから始まります。そして、彼の周りの人々が次々に失明してゆくのです。伝染性の失明。ですが、彼らの瞳は白濁するわけでもなく、なんら外的異常が認められないのです。失明した人たちは一様に「ミルクの風呂の中にいるようだ」と語ります。彼らが見ているのは真っ白な闇。白の闇なのです。
そして、失明した目医者と、唯一伝染をまぬがれたその妻を中心に物語は進みます。感染はどんどん進むのだけれど、目医者の妻だけは失明しないのです。そして彼女の見る世界は。
…と。
あんまり言うと多分にネタバレしちゃうので控えますが、特徴的なのは「 」がないということなのです。かぎかっこが、一個もないの。
僕も以前「村上スズイチの夏休み」でそういう文体、実験してみたんですが、この小説はもう徹底的にないんです。あまつさえ、登場人物に「名前」がついてないの。さらに言えば、主題は「この伝染性失明の原因を解き明かせ!」というような感じでもないの。言ってみればこれも、あらすじが書けない類の物語。
でも、引っ張られるように読まされます。人間を描いてる。美しい言葉でみにくいものもうつくしいものも描いてるという感じです。音読にもきっと耐える。これ、翻訳がたぶん凄いいい翻訳なんだろうと思います。勿論原作のストーリーテリングはいわずもがなですが。
ちなみに作者はポルトガルの人らしいです。読み終えてから知ったんですが、ノーベル文学賞取った人なんだって。
知らなかった。

『さまざまな生の断片』(ジャック・ロッシ/外川継男・訳/成文社)
ロシア、というかソ連の強制収容所で20年あまりを生きたフランス生まれの学者の人が書いた本。
過酷な生活に関する覚書とそれに髄する思索、冗談。ていうかこれ、流し読みをしようと思えばきっとできる本だと思うんです。これを単なる情報、収容所の当時を知るための記録として読める人は、流し読めるものだと思うんです。
でも僕はなんというか、かなりじっくり読んでしまった気がします。なんというか、このユーモアのセンスはどこからきているのだろうと思います。静かに、それでも確固として笑えないたぐいの冗談を淡々と語る作者の姿が見えるようなのです。不思議な感じ。奇妙な感じ。
や、語られてる内容ははっきり言って、よく考えるとグロいです。なんというか、次に生まれてくる時はきっと兎とかフナムシとかに生まれることにしようと思わせるような描写も存在します。
それを体験して、なおかつ、なにかクッションを置いて表現した作者は凄いと思います。そのクッションが、絶妙というか、誠実というか。うん。誠実というのがかなり正確な形容詞でしょう。
ちなみに僕が一番感動したのはあとがきです。生きてきたことを振り返る、それをあとがきとして残すつもりになった彼の心を想像すると、なんというか。背中がのびるんです。人生を読んでる。つまらない虚構じゃない。これは小説じゃないけれど、小説だって同じだ。僕らはいつだって人の人生を読んでる。そんな風に背中が伸びます。
いつでも笑みを。唇に歌を。人の人生にはいつだって敬意を。

『虚構私立不条理中学校』(清水義範/徳間書店)
読み終えてから、あ、これ読んだことあるや、とか思い出した一品。たぶん中学か高校の頃。読んだ。確かに。
なかなか面白かっただけに自分の記憶力の駄目加減に少々げんなり。
するする読めました。

過酷な日々を送ると自分にご褒美を買ってあげたくなるんですが、この数日はこの読書時間がご褒美だわいや。
ていうかもう眠いから寝るー。

パオパオビール発売情報

明日からかあ。いそいそと買いに行くべし。
ちなみに「アンダルシアの夏」で一番好きな台詞はやっぱり「茄子のアサディジョ漬けだ/そしてワインだ/これは法律だ」に限ります。
次点あたりに、「お前が好きなのさ」かなあ。
なんかどちらも外国っぽい。
ともあれいつか僕も「これは法律だ」と言えるくらいに確固たる文化習慣を持ちたいものです。
二十二日火曜日 一言 「疲労回復シュークリーム」
今日はどうやら休館日っぽいのでプラネタリウムは明日に延期。

昔の車って、時速100キロとかを越えると、ぴっ、とん、ぴっ、とん、とか鳴る仕組みがあったということを唐突に思い出した。
ので、調べてみたんですが難しいコレ。

こういうページを見っけてみました。速度警告音って、正式名称?

でも、今の若い子(という言い方はすでに歳よりくさいが)の中には知らない人がいるんだろうなあ。
ということからつながって、今の中学生はほとんど皆平成生まれなわけで、彼らから見れば僕らは太平洋戦争と同じ時代区分の人な訳で、もーなんちゅーか「ドントトラストショーワピーポー」とか言われても抵抗できないと思いました。
というかむしろ。
現在三歳くらいまでの21センチュリーボイズンガルズが成長して、彼らから原始人扱いされたらどうしよう。「ねえねえ子供の頃ちょんまげの人とかいた?」とか無邪気に聞かれたらどうしよう。

とりあえず、叔父さんがフジロックフェスティバルに出かける途中、大名行列にでくわして頭下げるタイミングを忘れ、斬り捨て御免で斬られた話などをして、「あの頃に比べればきみたちの生活は幸福だよ。好きなときに好きなところを胸張って歩ける幸福を、もっと噛み締めようね」とか言おうと思った。

そんでもって、なんか異様に長い日記は読む気をなくさせるかも知れないと思ったのでちょっとスローダウン。
何も考えないで書いてるとうっかり長くなりがちで困ります。

>三(略)さん
ね。梅雨あけませんかねえ。川のそばに住んでると蒸し暑さはひとしおです。あけないかなあ、梅雨ー。つって時々寒かったりして困惑。風邪引くっちゅの。
二十三日水曜日 一言 「けつ」
なんか凄い勢いで色々なことがありました。

えーとまずアレだ。
飲み会。
飲み会があった。この日の夜はお酒飲んでた。うん。間違いない。
けど、誘ってくれた発案者の人がいないという不思議な罠。

まあいいや。
そして、えーと。
麻雀。
夜から確か麻雀やったんだ。そうそう
でもまた誘ってくれた発案者の人がいないという罠。

仕事が終わったら顔出すよ、と言って以来まったく連絡のない誘ってくれた発案者の人を待ちながら麻雀して、えーと。
徹夜?

うおー。

しかもがっつり負けたし。サック。
他には言うことないなあ。本当に言うことがないというよりか、記憶がオボロだ。

結局誘ってくれた発案者の人は最後まで来られませんでした。どないやねんな。
二十四日木曜日 一言 「しり」
とりあえず、こういうのを得意げなツラして投稿した奴がみんななるべくむごたらしく死ねばいい。
とか思った。

最近、社会風刺という言葉をはき違えている人が多すぎて僕はうんざりです。
直喩で社会風刺気取るなんておめでたいことこのうえない。

あとこういう人もちょっと進退とか考えたほうがいい。

「おっ、すさんどるねー」

「麻雀も負けたしね」

「そんなヲベロンさんにステキ情報!まぐ菜来たよ!まぐ菜更新キター!」

「おっ、おおっ?まるで迷いを吹っ切ったかのように潔いラブラブコメコメ!…これはっ!」

「いいないいなー、わたしたちも何か、仲良しっぽいことしよう!」

「二人羽織りとかな」

「よし!それ採用ー!…っというわけでー、わたしうしろー!」

「用意しました。カレーうどん。ヲベロンさん、好きでしたよね」

「…いや、あの、普通二人羽織りの時は、蕎麦とかケーキとかじゃ」

「細かいこと言うなよー、いいからほら、かぶって、羽織、ほら」

「わ、わひゃひゃ、くすぐったい、くすぐったいよ!」

「(羽織の背中から威勢良く)かっこむぜー!カレーうどん一気食いー!」

「あ、あつっ、あついよ!熱いヨ!熱い!ギャー!」

というか、気付いたら今朝からごはん食べてないことに気付いた。
あー。また生きる力低下。がんばれ自分。
というか食事を忘れるのは生物としてどうか。

ウーファー族という人々について夜ワイドショーが触れてて、ぼんやり見てたんですけど。
ウーファー族ってのはスゲー巨大なウーファーを車に嫌というほどつけてすごい大音量でかけてるような人たちで、うっさくて夜中に迷惑だコレ、みたいなことを言いたいみたいだったんだけど、まあ。
300万かけたとか、一台うん十万円とかってオーディオをくっつけてるのに、既存のCDかけてるのかー、と思うとちょっと面白かったです。

ハードにはそんだけお金をかけるのに、ソフトは3000円なのかー、というか。
銀の食器でネコマンマ食ってるみたいなちぐはぐさが面白い、とまで言ってしまうと言いたいこととずれるんだけど。
別に既存のCDは音源として駄目とか音質が悪いとかそういうこと言ってるんじゃなくて。

たとえば、カメラに凄いお金をかける人は自分で写真撮るわけで、画材に凄いお金をかける人は自分で絵を描くわけで、だったら音響設備にもの凄いお金をかけるような人は、自分で音楽を作り始めるのが自然の流れじゃないかなあ、とか思うんだけど、もしかしたら音楽好きというのはそういうものじゃないのかも。
とか言うと偏見だとか思われちゃうなあ。

まあ、いいか。

ところでこういうウーファー族もいたのか。

プラネタリウムはまたもや延期。くっそう。明後日こそ!明後日こそ行くぞー!
二十五日金曜日 一言 「魔女子」
実はこっそり便利リンクを付け加えてみてました。
主に路線検索やら地図検索やらですので主に実用一本槍。

最寄駅から熊谷までの接続など調べていたら、近距離での路線検索に新幹線を使ってくれるyahoo検索にほとほと困ってしまって、色々探すうちに「100キロ程度の有料特急を使わない」というオプションがある検索エンジンを発見。
そしてさらには、「新幹線を使わない」というオプションのある検索エンジンを発見。青春18切符でのんびり行く旅には本当に重宝しそうです。表示されるまで重いけど。

それから、住所を打ち込めば大体の地図がぎゅんぎゅんあらわれるmapionの地図検索を追加。
これで住所しか判らないお店などの場所を調べるのに重宝です。
ネットで調べてると地図載ってないとこ、多いんだコレが。

五つ子見てたらなんか通信簿って面白いなあとか思い出したんです。
通信簿って面白いなあ。大人だけど通信簿ほしい。ほしいよう。

「そんなに欲しいんでしたら、作ってさしあげましょうか」

「えっ、ホント?」

「え?ジサクジエーン?」

「しっ、またそういうこと言うと泣かれちゃいますよ」

「ううっ。もういいよ!」

実は今日、就職面接などをこなしてまいりました。
スーツ着てギンザ。ザギン。
面接は特に緊張することもなく、三十分くらいでおしまい。
無職でも別に生きてられるということが判ると、就職できなかったらどうしようとか暗澹たる気持ちになったりしないので、その点は今までの時間は確かに僕の血と肉を形成してるに違いないですな。
でも就職というものをいっぺんしてみたいので、受かるといいなあ。受かれー(念)。

帰りがけに銀ぶら(死語)してました。
ソニプラ寄って世界で一番うまいポテトチップスと、ついでに売り子の人が大プッシュしてた炭酸水買って帰宅。
ほんのりヤンエグ気分。…ヤンエグも死語だ。

という感じでべつに今日はなにをがんばったというわけでもないので、ささやかにつつましく「魔女の宅急便」などを見て夜を過ごしました。
いやあ今更言うのもすこしアレですが、これってつくづく、幸福に必要なものが全て入ってる映画ですなあ。
孤独から、恋愛から、仕事から、喪失から、贈り物から、自由までも。
これを見て何も感じない人は、感情の動物として信用できないと思うくらい。
ああ。
これからは僕もちゃんと理想を持って暮らして、理想と違う現実に直面して、きちんと傷ついたりしよう。
きっと、誠実に生きるためには時々、きちんと人を傷付け、きちんと人に傷つけられなくてはいけないんだなあ。
全てに距離を置く生き方でも、すべてを受け入れているだけでもきっと、世界のそれぞれ一面しか見えないんだ。

何度見てもこころの洗われる映画です。魔女宅。
ちゃんとシンプルに生きよう。

思い出してメモ。

プラネテスアニメ化。でもBSなので見られない罠。うえーん。

これ見たあい。ビバクロスオーバー。
二十六日土曜日 一言 「そこはいつでも」

本日はようやく、念願かなってプラネタリウムに出かけてきました。
ひゃー、行きたいと思ってから長かったなあ。コレ。
ガラ空きだと思ってたら、土曜日のせいか親子連れがどっさり。意外なことに若いカップル風は一組しかおりません。

中に入ってまっさきに目につくのがコレ。投影機。
真っ先に目に付くというより、コレしかないんですね。半円の真中にそびえる投影機。ノスタルジー。

入場料が200円という驚きのデフレ価格なのに、なんと人が生で解説をしてました。
なかなかいい声をしたおじいさんが場内が徐々に暗くなってくるのに合わせて、非常口の説明や、各方位に見えるものの解説をしてくれるのです。
そうこうしているうちに、ホールの中は本格的に暗くなってきて、やがて空が落っこちてくるように、ホールの内側に満天の星空が光り出すのです。星が現れるまでどのくらいあったのか判らないけれど、解説もなく、無言のまま星が落ちてくるのです。
それは本当に荘厳な風景でした。
見てたら涙が出てしまいました。それが本物の星空でないことくらい知っているのに、こう、涙腺がだだっと緩んでしまって、我ながらどこかアレだったのかと思うくらいにほろ泣き。何かを思い出すとかじゃなく、どうにも空っぽになった感じでありました。泣いたというより、涙が出たと表現する方が正しい感じです。どうした僕。悩みでもあったか。

ま、なんかわかんないけどまた来ようっと。

今は七月ということで、短冊書かしてくれました。旧暦の七夕は、今年は八月四日なんだって。
で、なんとなく気になって他の短冊を覗いちゃったりしたら、思ったよりも凄い短冊がざくざく。
というわけでこの場を借りて、かわいらしいのをいくつか紹介したいと思います。

「あおいげいむぼういがほしい」(おそらく就学以前の男子)
七夕とクリスマスの違いがいまひとつわかってないあたり可愛いです。というか身近にいたな。ものをねだったならず者が。たしか四国に。

「ナージャになれますように」(おそらく就学以前の女子)
王道!かわいい!でもナージャってあれですか、明日のナージャですか。ていうか彼女結構生い立ち不幸よ?あと、結構今の体と等身とか変わっちゃうと思うけどいいの?

「地球征服(日本だけ)」(おそらく小学校低学年)
今時珍しい野望。愛い。そして、書いてから思い直したのか、日本だけ、と括弧がきしてるのがステキ。それ世界征服じゃないっちゅの。どうした。英語が苦手かもしや。

全然関係ないけど、ドラマ「西瓜」で時折でてくる、線路の下を川が流れて、線路をくぐれるようになっているプレイスはうちのすげえそばです。なんか得意げ。

マジョコって漢字で書いたら「魔女子」で、これって「腐女子」に似てるなあとか思って検索。
腐女の宅急便」。
やっぱりありませんでした。というかせっかく感動したのに自分で水さすなんて僕はなんてやつだ。
二十七日日曜日 一言 「ここはベトナム」
本日は母のオトモをして祖母の墓参りへでかけました。麻布十番まで。
でもって帰りがけに麻布フラフラしてみたり、輸入食品のお店をひやかしてみたり。
そうこうしてたら、麻布の町でこんなのみつけました。

←これ

ちょっと遠くからの写真でみづらくてアレですが、三輪車の人力タクシーのようなものです。
タクシーなのかあ?
とか思って検索してみたらばこれ
乗りたいかどうかはともかくとして、坂が多いあの辺りで人力タクシーというのはある意味挑戦だなあと思いました。
がんばれ。ベロタクシー。
個人的には渋茶色のやつがあると街並みに合う気がして嬉しいぞ。

怒られるかもしれませんが実は僕、麻布近辺には年寄りの町というイメージがあって、その町にまぎれこむのが楽しいやい、とか思っていたので、最近の麻布あたりのもてはやされぶりにちょっと微妙な顔のこの頃です。
とりあえずほんとうに今更ですが、六本木ヒルズ、というのはちょっと違和感あるわけで。
まあ、がんばれベロタクシー。いつか乗ったるわい。

でもって夜は、祖母の好きだった梅ヶ丘の寿司屋で買ったあなご寿司と、僕が愛してやまない鯖の棒寿司をはぐはぐ食いました。
あなご寿司もうまいですが、鯖の棒寿司は、ここのがすげえうまいと思います。
日本全国の鯖寿司を食って回ったわけではないので判らないけれど、今のところ鯖の棒寿司暫定日本一。
巨大な棒寿司が1000円。ぽきーん。嬉しすぎ。

そういうわけで、ゆったりした日曜日を過ごしましたとさ。
などと書きながら午後8時に猛烈な眠気がたちのぼり、寝て覚めたら11時。
なんか弱ってるなあ。
こうなったら夜泣きだの癇の虫だのを思う存分発揮して人に迷惑をかけるしかないや。

>三(略)さん
お。梅雨が明けましたか。嬉しいなあ。アメリカの閣下は今度阿佐ヶ谷で人生相談を始めるそうです。
二十八日月曜日 一言 「サイト改装」
そゆわけでサイト改装してみました。
ちょっと軽くなったかしら。
シンプルライフ。

ふと思ったのだけれど、「サイト内の全ての文章、画像、素材の無断転載・無断使用を禁じます」つって書いてあるサイトさんがよくありますが、あれってたとえば、

>今日はヲベロンの誕生日らしいので、やつの好きそうなものを贈っておきました。
あのさ!魚の目玉(100個)の瓶詰めなんて好きじゃないヨ!うわーん!


というような引用の仕方でも怒られちゃうんでしょうか。コピペだと。
や、まあなんというか上の例は極端すぎてアレですが、今までそういう引用について僕は少々無頓着すぎた気がするので考え中。これから気をつける所存。
実際、そういう引用もあんまりしてほしくないからそういう注意書きしているのかもしれないし。

なんつって考えてるうちに関連して、「無断使用」という表現についてなんか引っ掛かったのでメモ。

「文章の無断使用」というのは具体的にどういう行為を指すんだろ。というやつですね。
無断転載と併記してあるということは、それとは違う行為なわけで、それについて考えるにはまず、初心に戻って、文章とはどのように使われるものであるかということを考えなければならないわけで。
で。
文章とは何のために発明されたかと考えると、ある情報を複数の人間に対し、発信時と同一状態を保持したまま伝達するために作られたわけで、ということはそれを無断で行うというと、原文を読んだことで得た情報を、発信者に断わらずに再配布するということではないかしらん。
…とまで言うとちょっと意地悪すぎな言い方ですが、要は、その情報をさも自分が発見したような顔してはしゃぐなっつーんだ、ということでしょうか。
うーん。
もっと具体的に考えると、たとえばネットに発表されている小説を無断で原作にして書き直したり映画撮ったりするようなことを指すのかも。
一言ことわったうえでしてもらえるとそれはこのうえない幸福な連鎖に思えるけれど、無断でやられると驚いちゃうというか、妙な勘繰りとかしちゃいそうだし、うーん。
そう考えてみるとなんとなく納得。
奥の深い言葉だなあ。そういう意味だったのか。

で。
そんなこんなでさらに調べていると、「コンテンツの無断使用を禁じます」との表現も発見。
こっちはきちんとした意味で喉に引っ掛かりました。
コンテンツというのは、ようするに「なかみ」なわけで、なかみを使うな、というのはいかがなものかと。
一休さんのようにとんちで解決!しろということでしょうか。

や、意地悪い言い方をしちゃいましたが、これは多分、「文章・画像の」と限定して書いた場合に、どこかのとんちキッドなどから「オラっちがちょろパクったのは<動画>であって<画像>じゃないんであって問題ノープロブレムだぜコレ!」などと言われる心配があるというようなことじゃないでしょうか。
だったら細かいこと言わずに「全部」と言い切ってしまえばそういう心配がなくて安心だ、と、そういうことではないかと思うんだけど、それって時と場合によっては乱暴だなあ、とか。

実際、情報サイトで「コンテンツの無断使用を禁じます」という表現は正直いかがなものかと思いました。
日本語ってむずかちい。契約社会ってむずかちい。

明日はニワトリのように朝早く起きて、お仕事にでかけて、夜は新宿でアンダルシアの夏を見て一杯引っかけて帰るつもりです。
ニ十九日火曜日 一言 「肉じるし」
朝早く起きて、またもや熊谷までびゅーん。
めいっぱいお仕事して、夕方には新宿までびゅーん。
とりあえず雨とか降ってて大変でした。熊谷の雨はつめたいぜ。

まーともかくトンボ切って帰ってそんでもって新宿で茄子映画見たりしました。
なんていうか、原作漫画に、ものすごく忠実に映画化したんだなあ、というような感想を持ちました。
強いて言えば、酒場のマスターの顔とかメガネとかがジブリ色に染められてて好き嫌い分かれるかな、という感じ。
面白かったんだけど、万人に勧めるかどうかは微妙なところでした。
「ジブリの新作」というだけの理由で飛びついた人にはどうだったんだろう。あんまり面白くなかったんじゃないかなあ。なんつって考えるような感じ。
そう思うのは、僕が原作漫画を台詞覚えるくらい読んでるからなんだろうかしら。
漫画読まずに映画だけ見た人の感想が聞きたいかも。

茄子読んで想像していたレースの風景が、まさにそのまんま映像化されてたのが僕はすごく面白くて、あと、実況の人の実況がホンモノっぽくて、たいへん面白かったです。
ホンモノの人かなあ、とか思ったらやっぱり元プロの人でした。
もしかしたら、あれ、台本とかナシで吹き込んだとか、ないかしら。そうだったら凄く面白いんだけど。

あと、あれだ。
途中の牛の看板のところは映画版オリジナルでした。
しかも、なんか良かった。
なんかそれまで過ごした時間の厚みというか、そういうのを感じさせるカットでした。うん。
茄子映画は「牛の看板」に尽きるなあ。
これ以上言うとネタバレになるので割愛。
総評として、茄子読んで面白かった人は行くと吉。レースの描写は本当に面白いです。

さて。
本日の茄子ツアーの参加者は、yu2、潮州マサキ、多津丘〆葉です(サイト更新頻度順敬称略)。
茄子見た後で新宿で焼肉。肉がつがつ。
肉で胃と心をいっぱいにしてから、いつもの串焼き屋に移動してちびちび飲みました。

僕、仕事帰りに「軽く一杯」というやつに凄い憧れを持っているんですね。
でもなかなかそれって実現できなくて、飲みだすときっちり大体終電まで飲んじゃう自分が非常に恨めしいというか、呆れるというか、毎度毎度いかんなあこれはと思う日々なのであります。
でも今日みたいに、一軒目でごはん食べて、胃と心を満たしてお酒に移動、というのは理想に近い流れの気が。
本日はその片鱗が見えた気がしました。結果的にはほぼ終電まで飲んじゃったけどさ。

あとは一軒目を焼肉とかそういう全力投球でないお店にすれば理想の「軽く一杯」に近付くモヨン。

ちなみにこの日の話題は主に、日記更新しないやつは肉食うなとかそういう感じの個人攻撃(重要)でした。
あとは、口ばっかのやつが本当に口ばっかかどうか、というような、クダ巻いてる感じのおしゃべりでした。
論理的に思い出しにくいので、随分乱暴なことを言っていたに違いないのですが、まあ。
それはそれとして。
三十日水曜日 一言 「はつこいという題名の本」
神に誘われて、それに甘えてコミケなどで本を出してみようかとかどうしようかとかちらっと考えてるんですね。
丁度、書きあがった短編が二つ三つあるので、どうしようかなあ。
とか。

作るとしたら今度は、もうまったく友達に配るとかそういうのを一切やめて、その本でどれだけ人が呼べるか、みたいなことを試したい感じ。

昨日聞いた中で印象に残ってることがあって、「俺は俺の書いたものが好きし面白いと思うが、それに金を払うかと聞かれると払うとは言えないと思う」という感じのことで。
僕は今のところそういう実感がないのですね。払うとも払わないともいいがたい感じ。
自分で自分の書いたものに幾らまで出せるかという設問自体にぴんと来ないんです。
それは、まだ僕が自分で本を売ったりなんたりしたことがないせいかもしれないなあ、とか。
色々考えるんです。

知恵を絞って頑張ります。

ともかくも、雨が降らなければ今日は多摩川で花火大会です。
難しいこととか考えね。
どんどんぱらら、どんぱらら、だコノヤロ。

とか思ってたら花火大会中止。延期だよー。
ちゅーわけで花火大会は明日に延期です。
でもってうっかり来訪してしまったマサキくんと二人でちびちびお酒など。
で、二人だけだとせつないからと、和尚などを呼んでみたんですが、なんか道に迷ったとかなんとかでずいぶん凄い時間に到着。
残念なことにマサキくんの終電の十五分前ですよ。
ほうほう。
で、マサキくんを駅まで送ってから飲みなおし。
…というよりなんかおしゃべり。おしゃべり。

思い出してメモ。
C.C.レモンのCMやワンデイアキュビューのCMに出演している気になるあの子
静止画より動いてる方が断然かわいらしい、という真っ当な意味で「かわいらしい」ガールです。
え。
えーと。1985年生まれて。
ネタですか。というか僕も相当歳をとったらしい。普通に凹みました。ともあれブレイク間違いなし。応援中。

>ルーカスさん
Z氏とな!むむむむ。なるほど。言われてみると、「偉い妖怪」のかわいげというものはすべからくZ氏や水木漫画の妖怪どもに通ずる気も。ちなみに閣下も項目に足されております。
三十一日木曜日 一言 「リジュ」
昨日取り上げた相武紗季たんですが、笑った時に歯がびっしり見える、というのが魅力なのではないかと思い始めてきました。
や、「歯がびっしり」って一般的に言ううつくしい表現ではないのでアレですがともかく。
岡本綾とかもそうなのですが、「い」の口で口がにゅーと開く感じが珍しくてかわいいのではないかと。
僕は。
思うのですが。

どうか。

今日は花火大会。大会。うおおー。

というわけで、気が付いたら非社会人が三人も集まって花火見物です。うおおー。なんかよくねえ感じー!
でも、僕らはそんなこと気にしません。だって花火きれいだったもん。
ちゅーわけで声上げながら見物してました。ほろ酔いで。

一応、本日の面子は短大生の人、A女史、僕の三人コース。
で、花火見終わった後もそのままお酒とか飲んでたんですが、主な話題が「麻雀」「ゴト」「日貸し屋」というのは二十代前半としてどうかと思った。
面白かったけど。
どうかと思った。
愉快だったけど。

で、終電を二人とも逃して、どうしよう泊まってく?と途方に暮れる僕でしたが、二人とも近くの駅まで電車乗っていってタクシーで帰るというモヨン。
もっと終電に気を遣って飲めばよかったなあと反省しきり。次こそはそういう感じにします。ちょっと招いた立場として配慮が足りなかった気がするぜ。楽しさに溺れちゃいかんのね。

で、二人を見送って、なんとなく思い立って僕は僕で、自転車で夜散歩を決行する運びになりました。
茄子映画みたせいか?いや、まさか。そんなはずは。
とかいいつつ脳内では「踏んでゆく、踏んでゆく、黙々と一人」というフレーズがこだましているヲベロン23歳。もうすぐ24さい。影響されやすい子ですごめん。

で、うちのそばの橋からもう一本上流の橋まで行ってみようとか思ってペダルこぎこぎしてたんですが、これがまたスゲー遠いでやんの。
酔いが回って倒れるかと思いました。気持ちよかったけど。
往復一時間ちょっとかかりました。気持ちよかったけど。

で、その多摩川原橋とかそういう名前の橋渡る途中でチェーンが外れて、手を油塗れにしてチェーン直して、ようやく回るようになって渡ってみたらお巡りさん。
チャリンコネズミ捕り。

で、そのお巡りさんに呼び止められて、「この自転車防犯登録してるー?」とか聞かれたんだけど防犯登録はおろか僕いま身分証明書すら持ってません、みたいな状態で、困ってしまって「ままままママに電話していいですか!ていうか弁護士を呼べーッ!コノヤローッ!」とかパニックのあまり叫んでしまう直前に「防犯登録しないと盗まれたら帰ってこないよー。ねー」とか言われて解放されました。
脳内に「おとり捜査」という文字が浮かびましたが、なにをどうおとりなのか想像つかなかったので却下。
素直に、夜遅くまでお疲れ様です、とか言って橋渡らせてもらったんですが。

やー、ああいう人は人のどこを見て捕まえるかどうかの判断してるんだろ。
いや、実際僕「この自転車は祖母の形見分けで貰った自転車で、しかも今日はじめて乗ったんですあの」とか口走ったりしてたのに。(しかもこれが嘘ではないところが我ながらホントにお茶目だが)
何故捕まらなかったか謎ですホント。
信じてくれたのか、やべえこいつ電波か釣り師か禁治産者だ放置推奨、と思われたのか謎ですホント。

でも、多摩川の東京側の川べりは暗くてこわかったです。川崎側は明るいし車もとおるんだけど。
東京側はまるっきり田舎のかわっぺり。
歌とかうたってないとこわくてあんなとこ夜なんか走れない。暗いし。猫横切るし。
アンダルーシーアー、アンダルウーシーアー(演歌調の変な歌で)

ちなみに、ユニコーンとか歌いながら元気一杯にチャリンコ漕いでました。
すーばーらーしーいー、ひーびーだー。

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