3月度後半分



十六日日曜日 一言 「うろうろ」
若竹の日。

ですが、昨日の旧ソ連産映画の後遺症で、午前中ずうっと家で寝ておりました。
で、午後からノコノコと出かけていって参加。

北海道に旅立つというCOZYさんのマスターで、魔術師学園女子寮覗きなどを繰り広げておりました。
主に僕が。
無人の部屋を覗いただけで鼻血が止まらなくなってたりするあたり、イナムくんが可愛らしくてたまりません。
頑張れ、モドリヤ。
ウキウキ、モドリヤ。

そして、恒例若竹終了後の刺しあい。
萌えロワを一向に更新しない多津丘〆葉さんや、ラグナロクから帰ってこられなくなっている柴三郎さんなどが刺されていました。さくさくさっくり。
刺し主は主にミスターisono.comことisonoさんです。
石油とGINでアラブGIN、というのは反則だと思いました。思い出し笑いリストブックに載りました。

ワタクシはといえば、「オサッシシマス」を持ってゆく数を適当にしすぎたため全員に配れず、残念なことをしてました。

ともかく、ことによると本当に数日中に新生銀天盤の祭りが開催される模様です。
あばばばばばば(掛け声)

週末前に更新するつもりで忘れていたキコニア・ボイキアナの続きを更新。
なんちゅーか、週に一度、できるだけ土日の前にがばっと更新するので、ぜひ来週も待っててくだせい。
そして、僕がうっかりしていたらゆってくだせい。
十七日月曜日 一言 「にくつう」
筋肉痛がいたい。

ので。
おうちでダラダラしてました。

で、お昼映画で「真夜中のカウボーイ」を見たりして。
なんか、あの映画ってば、もっとポップかと思いきや、割と暗い映画なんですね。

そんなこんなでうとうとしていると、新宿で飲みに行こう、とか誘われてゴー。

飲んでました。
で。
今週末に旅行などに誘われたので色々検討中です。

と。
どういうわけだか最近、「享受」という言葉にメロメロです。
何に対しても、これって享受だ、と上を向いて呟いてしまうような、そんな人生を送っております。
例えば僕は先日買ったペンシルパズルを電車の中でちくちく遊んでいるのですが、これって物凄いことだとか思うのですよ。
誰かが作ったパズルを僕がチキチキと塗りつぶしたりしてるわけです。
それは言ってみれば人の作ってくれた料理を食すのに似て、なんちゅーか、物凄いことだと思うのです。

ほう、とため息をつきつつ「これって享受だあ」と。

幸薄いとか言わないでください。泣きます。
十八日火曜日 一言 「くもゆき」
一日ふらふらしてました。

なんちゅーか。
一日が長いような短いような、難しいところ。
なにかせねば、なにかせねば、と心ばかり急いて困る日々。

もう何度目かの「クレイマークレイマー」を見てました。
アレって、原題が「Kramer vs. Kraimer」っていうんですね。
それにしても、バーサスかあ…。

久々に見たら、メリル・ストリープの鼻が非常に意地悪そうでした。
ちゅーか前に見た時は割とメリル・ストリープに感情移入するところもあったのですが、今回は殆ど感情移入が出来ませんでした。
なぜだ。
ダスティン・ホフマンのせいでしょうか。
というか、彼がにっこりしているシーンを見るだけで泣きそうになっていました。
どこかが悪い(心とか)に違いない。

戦争がはじまるのですか。

なんというか。

もうなんつっていいのか。
考えることがまとまったら、何かを書こうと思いますがとりあえず今の僕にいえることは。
「身の丈を越えないようにしよう」
それだけです。
遅まきながら反戦を叫ぶにせよ、戦争を肯定するにせよ、傍観するだけにせよ、すべての言論的活動は、普段の生活と地続きにしなければならないような気がしています。
これはお祭りではなくて、戦争なのだから、僕が熱に浮かされたように何かをしたり、言ったりするのはちょっと違うように思うのです。
しばらく口をつぐんでいます。

聞くためには静かにしていなくては。
十九日水曜日 一言 「なんということだ」
戦争について。

イラクを爆撃するのはやりすぎだ、戦争はどんなことがあっても正しくない、と叫ぶ日本人は、果たして北朝鮮問題がもっともっと緊迫してきた場合にどんな意見を持つのだろう、と思いました。
隣国で起こっている核だとか独裁だとか、そういう問題について、やっぱり「どんなことがあっても戦争はダメだ」と言えるのならば、わたしはあなたを支持します。
先にミサイル撃たれて大事な人ががっつんがっつん爆死ししてそれでも「戦争しちゃダメだ」と言えるならば、わたしはあなたを支持します。
共感はしませんが。

でも。
なんちゅーか、街角で戦争反対、と言っている人にはそんな感じがしないのです。覚悟が甘いというか。
「戦争」という言葉に条件反射で「反対」と繰り返しているような。そんな感じがするのです。
インタビューの映像はもちろん、テレビ局の編集というフィルターを通っているから、公平に市民の声を拾っているとかそういう前提ではないのだけれど。
それでも。
どうも街頭インタビューで戦争反対、と言っている人にはそんな感じがするんですね。

勿論僕だって戦争はいやです。戦争というか、人が人の手によって死んでゆくってのはぞっとします。野卑だと思います。
だけれど、その選択肢を選ばなければならない状況というのは確かに存在すると思います。
いいとか悪いとかではなくて、仕方ないこと、というのがきっとあると思います。

それを踏まえた上で、今回のイラク攻撃がそれにあたるのかどうか、という判断をするべきだと思うのです。

ただ。
<ことの正誤>なんていうのは<視点の違い>と同義なので、結局はその行動によって人から責められる覚悟があるかどうか、ってことになっちまうのだと思うのです。
超越的な、整然とした理論の世界で決着が済む問題じゃないと思うのです。
思うのですよ。

そしてそれを踏まえて。
僕のスタンスは、戦争支持を表明するアメリカ一般人には共感せざるを得ない、というなんとも面倒くさい表現になりました。

たとえば北朝鮮に対して「平和的解決を望む」と言い続けることについて僕は疑問を持つだろうと思います。
よその国民をさらったような国と政府に対して、言葉というコミュニケーション手段が適切であるとは思えないからです。
(無論彼の国の惨状についての情報と、それによって形成された僕の認識は、報道というフィルターを通したバイアスがかかっているのは承知ですが)
だから同じように、ニューヨークでのテロを支援した、という名目や、これからテロ的なことをしそうだ、という理由でアメリカの一般人がイラクを憎むのは理解できる気がします。

僕は戦争の当事者でありませんので「この戦争は必然であり仕方ないことなのだ」と僕が叫んだことによって誰かが銃を取り、その銃から発射された銃弾によって死んだ一般人やイラク兵士の遺族から責められるだけの責任を背負えません。
逆に「理由のはっきりしない戦争は罪悪である」と僕が述べたことによって、無防備な背中にイラクからのミサイルが飛んでくることになって、その結果死んだ一般人や兵士の遺族から責められるだけの責任も背負えません。

だから、戦争が正しいかどうかについては支持するともしないともいえません。

ですが、もし、日本に例の国からミサイルが撃ち込まれたり、飛行機が爆弾を背負って新宿駅に突っ込んできたりしたら、僕は体を震わせ、全ての関係者に対する復讐を誓うことでしょう。
復讐としての戦争が正しくなかった場合の全ての責め苦を負う覚悟で、この復讐は正しい、と宣言すると思います。

だからそれだけの覚悟ある当事者の感情には、正しい正しくないというのじゃなく、支持するつもりです。

支持しますが、感情に理論武装した今のアメリカの格好は、正直素敵だとは言いにくいと思います。
蛇足ですが。

つまり結局戦争については当事者じゃないとやっていいかどうかなんて言えないっつーことですね。

卑怯だと思うならどうぞ。

でも、日本が諸手を上げてアメリカ支持、ってのはどうかなあ、と思う。
外交が極にふれてしまうことは恥ずかしいようことのように思う。RPGじゃねえのだから。

「ヲベロンさんさー、小難しいこというのはいいけどさー、わたしの更新はー?」

「う」

「ていうか、結局当事者じゃねえから戦争とかわかんねーっちゅことっしょ?」

「うん」

「じゃあ黙ってりゃいいじゃない」

「う」

「わたし何か間違ったこと、言ってますかあーっ(猪木風)」

「うわーん」

「タマちゃんのことを想う会」と「タマちゃんを見守る会」ですが。

とりあえず「思う」を「想う」と表記するのはなんちゅーかKOCみたいでキモい。

…シバクヨッ☆

>18782(イヤな奴)+18782(イヤな奴)=37564(皆殺し)

ほう。こりゃ、ちょっとクールだ。
二十日木曜日 一言 「好戦というわけではないのです」
今朝、戦争が始まりました。
…という書き出しはたぶんどこの日記でも見かけられるものだと思います。
でも、今日はそうやって書き出そうと思います。

でもそれ以上は声が出ないのでやめます。

昨日の日記を今日になって読み返してみたらば誤解を受けそうな書き方だったので補足しますが、僕は戦争を肯定するわけではないのです。反戦の立場についても否定するものではないのです。

実のところ一番言いたかったのは、感情に理論武装しているのは滑稽だ、ということなのですね(わかりにくい)。
嫌いとか憎いとかその手の感情自体には共感するし理解するし支持するけれど、それを理論武装で正当化するのはどうよ、と。
そういいたかったのです。

感情むき出して、オマエラゆるせねえから戦争だ、つーのも激しく醜いですが、少なくとも正直ではあります。
正直でない上にぶかっこうな理論武装というのは、共感できるところがひとつもないのですよ。

>フセインは嫌いだけど、戦争をしていいかどうかは別だと思う。

そんな感じでテレビを見ていたらアメリカの街頭インタビューで、アメリカ人がそんなことを言っていました。
ちゃんとこういう風に思ってくれている人がいるってのは、単純に嬉しい。

そんなことをぷつぷつ考えながら、ぷちの製本へ出かけてきました。
あとがき漫画とか、その場でかいちったりしました。珍しい経験で楽しかったです。
ひさびさに細いペン先の普通のペンで書いたので珍しい感じになりました。入手する機会のある方は是非。

というか、夏のコミケに出されるそうなので、もしそうなったらまたご紹介します。

途中、町田に寄って、こんなものをゲットしたり。
300円ガチャはなんちゅーか大人のシュミなので僕のような貧乏人には本来縁がないのですが、怪獣と来たら、買うしかねえべさ!ねえべさ!
とか思って、ダブるまでやる覚悟でガチャガチャしたら二個目でいきなりベムラーがダブりました。

ショボーン。
まあ、本命は海底原人なわけだが。

あと、コレにも興味があります。
まあ、本命はカカシ先生なわけだが。

というか日本は平和です。
それに罪悪を感じることもなく、優越を感じることもなく。
かなしいくらい本当に、日本は平和です。
二十一日金曜日 一言 「ガッ!」
昨日、一昨日と、ちょっと小難しいことを書いたのですが、こういうニュースをみると単純に、アメ公みんなクルクルパー、などと思ってしまいますね。
ぐぐぐぐんにょり(リミックス)

最近、色々予定がつまったりほどけたり、色々です。
週末に誘われてた旅行に行けなくなっちゃったのを皮切りに、28日の送別会もパス。
なんちゅーか、3月末は色々たてこみますね。

後ろ髪ひかれてばかり。

今頃、みんな金沢で飲んだり喰ったりしてるんだろうなあ…。
キャンプファイヤーとか、ジェンガとか、「あの素晴らしい日々をもう一度」を歌ったり、マリファナやったり、ピース!とかルーシーイズナンバーワンとか…(以下妄想延々続く)

昨日は思わぬ夜更かしをしてしまったので、今日は早く寝ます。

で、今週は忘れずに「キコニア・ボイキアナ」の更新しておきました。どうぞ。
二十二日土曜日 一言 「一山越えて」
いわゆる「ヤマ」が一週間や一ヶ月に幾つもあると、それはもはやヤマではなくなってしまうような気もします。
山を上ることに慣れることができるなら、いいのだけれど、一個一個の山に自分が近付いて越えてゆくというよりは、背中から転がってくる大岩をすんでのところで避けて飛び越えつづけているような気になることもあったりなかったり。

別に意味深なことは何もありません。
春って忙しいよね、ってだけです。

夕方よりは、ディスガイアを遊んでました。なんかヤバげです。
見たとおり、キャラ萌えするためのゲームらしいのですが、そんなことよりもやりこみ要素がヤバいです。
アイテム界が楽しくてなりません。やっぱレベル上げ最高!ひゃほう。

ラグナロクにハマって廃人になっている誰かを笑えなくなったらどうしよう。

先日、芸能人が選ぶ「私の好きな怪獣」という特集を見て以来、ふつふつと言いたいことがたまっていたので、この機会に。

「ゴア(マグマ大使)」って、怪獣じゃないから!

ああスッキリした。判らない人は判らないツッコミですみません。
ちなみに僕が好きな怪獣は、断然ゴモラ(初代)なのですが、メフィラス星人もかなり捨てがたいです。
悪質宇宙人って、かなりクールな肩書きだと思うんだけど。

…あえて星人ブニョとかジヒビキランとか言うと、怪獣オタ扱いされるので言いません。ブニョ。
二十三日日曜日 一言 「明日に向かって撃て」
てゆーか、明日、ワタクシ卒業式でした。忘れてた。
あ、明日ですよ。

あ。あ。明日…。

いや、去年僕の友人一同は男女問わず全員普段着で、だらだら学校に来ていたのですよ。
なんちゅーか。

…そういうものなのかなあとか、思ってたので、ええと。
やべえ、全然、まったく、心の準備が出来てません。
どうしよう。

「やあやあヲベロンさん、春からは無職だってね」

うるさいよ!
あーもう仕度だ!やっちゃるわいやー!こうなったら祭りだコンニャロ!

「おっ、いつになく強気じゃんかー。何の祭り?」

グラデュエーション!グ・ラ・デュ・エイションですッ!
ちゃんとしたカッコで卒業式でんのッ!

「な、なに、なによ、なんですか。そんな血走った目で睨まないでよー」

だって、考えてみたら僕、卒業式って出たの、今まで、ええと…四回しかないんだよ?
こりゃ出ておかないと!ムフー(鼻息)!



「…?…なんかヲベロンさんの卒業式、回数合わなくない?」

「確かに。小学校、中学校、高校、で三回ですよね」

「幼稚園の分を数えてらっしゃるんじゃないでしょうか?」

「いや、幼稚園のは<卒園式>だから<卒業式>の数には数えないハズだ」

「引っかけ問題ってことね!」

「あ、あの、弟さんの卒業式を観に行った回数を含めるとか、そういうことじゃないでしょうか」

「おっ、賢いアルな!」

「でも、それって、出た卒業式の数に含めていいものなのでしょうか」

「でも、他に何かありますでしょうか。卒業式があるようなことと言ったら」

「確か専門学校の類も、行ってないはずアル」

「昔、暴走族だったとか?」

「ないない。だって免許持ってないんですよ?」

「……」

「猫!意味深な沈黙を挟んでミスリードを誘うの、よくないのコト!」

「…じゃあ、他に意見なかったら、身内の卒業式で決めちゃうよー?いいー?」

「ハイ!上野桜ハイ!実は去年、留年した癖に、紛れて卒業式出てたってのはどう?」

「お、ありそうだな」

「キョネンノ ニッキ シラベタラ ヲベロン シゴトシテタ!」

「おっ、こげぱん、グッジョブのことアル!」

「ちゅーわけで、身内の卒業式に出たのを含めて四回、でファイナルアンサー!」

「…」

「ほら、早く答えろよー」

「……日能研(塾)」

「…」

「…」

「…」

「♪あっあー卒業式だと言うけれどーっ♪」

「♪ナーニヲ ソツギョウ (デデデッ) スルノダローオ♪」

「あら、チェッカーズでござんすか。お2人とも、ご機嫌でございますやね」

「あーもう、うるさーい!うるさいうるさいうるさーい!」

(おまけ)

上野桜さんは卒業式とか、どうした?

「卒業式はねー、フケてハバロフスク行ってた」
二十四日月曜日 一言 「くだるはなし」
そつぎょおしき。

でした。

なんちゅーか、これにて僕も立派に無職です。
学生証を持っていかれたら、もう身分証明証がなにひとつないよ。

うわあん。

さて。
そんなこんなで卒業式に出ながら思ったことなどを書き残しておこうかと思います。

武道館に最後に行ったのはいつだろう、と思うと、奥田民生のまたたびか何かだったと思うのですが、そのひとつ前が入学式でありました。
僕は高校が、大学の付属だったため、なんというかすでに入学式の時点で知り合いがけっこういたのです。
だから入学式の時は、知った顔に会うのが気が重いというか、なんというか、世界がすぼまってしまうようで嫌だったのを覚えています。
その頃僕は、身ひとつで、知らない人がたくさんの、知らない世界に飛び込んでゆくことにとてもあこがれてました。
すでに知っている人だらけのところでは、今までの延長線上でしかないような生活しか出来ないような気がしていたのですね。
新しい世界を切り開きたい、というのは若さに起因するものか、それはそれはたいそうな情熱だったのです。
一人で歩いて、一人で座った入学式は、なんとなく気負いもあって晴れやかな気持ちでありました。

そして今日は、卒業式だったのです。入学式の時と同じように、一人。一人での卒業式。
でもね。
同じ感じなのに、何か違うんです。
入学式の時は、一人になろう一人になろう、と躍起になっていたのですが、今は違うのですね。
もともと僕は留年して、今年は卒論以外なにひとつ授業をとっていなかったので、この学年に知り合いがまったく殆どいないのです。
一人になろう、と無理して思わなくても、僕は一人なのです。
武道館の隅っこに座りながら、この何百人か何千人かの人の中で、僕が知っていて、僕を知っている人は幾人だろうか、と考えて途方もない気分になったのです。そんなこと、考えたこともなかった。
べつに、探さなくたって、新天地はいつだってここにあったんですね。
耳の奥ですうん、と音がして、目線だけが浮き上がるような、なにか不思議な啓示を受けたような気分でした。

それは恐怖ではありませんでした。
それは寂寥でもありませんでした。
それは感動でも、歓喜でもありませんでした。

強いて言うならば、それは発見であったのだと思います。
僕は正確に言うならば五年前、きちんとした孤独を味わわせてくれる新天地を求めてこの大学に入学しました。

僕は、五年前、友達がいるということと、健全な孤独を抱えるということは別々なことだと考えていたようでした。
うまく言えませんが、僕には友達がいるけれど、きちんと健全な孤独もある、その二つは両立できる、ということに気付けたのが大学で学んだ一番のことかもしれません。
変わるのは環境じゃなくて、自分なのだろう、と今では思います。
勿論環境がきっかけになることはとても多いと思うけれど、環境は所詮環境に過ぎないのですね。
要は、そこにいる人と、自分なのですね。

なんていうか、ちゃんと卒業できた気分です。「学生」を卒業だわいや。卒業式出てよかった。

でも、総長の祝辞とかは聞いててイライラするくらいつまりませんでした。

端的に言うと、卒業を祝ってるのか、現代社会についてのレポートを読んでるのかわかんなかったです。

で、卒業式が終わったら学位記を貰いに、校舎まで。
去年卒業していったサークルの友達から電話がポコポコかかってきました。
みんなにおめでとうを言ってもらえました。
A女史がケーキ買ってきてくれたり、弘兼ラブの人が学校まで遊びに来たりしてくれました。
嬉しい嬉しい。
なんか今になってじんわりかみしめてます。

今にして思うのは、友達って素敵だ、ということです。
よい友達に囲まれて、僕は幸福に生きているなあ、と思いました。
こりゃ、不幸になりようがないや。

おまけにサークルの後輩からもお祝いをしてもらえました。
花とか、あまつさえプレゼントまでもらっちゃったのです。うひひ。

なんていうか、もう感謝の言葉だけでは言い尽くせない気が。
アレだ。
昨日来てくれた皆様にはいつか何か恩返しするぜ。
ぜったいだ。

たまたま卒業式で昔の友達に出会い、「ええっ、留年してたの?!」なんて声を揃えてしまいました。

「知ってる顔に会わないと気楽でいいよね」なんて、言い合って別れましたが、知ってる顔に会って、ちょっとだけ、うれしうございました。
まだまだ世間には色んな人がいます。
てへり。
二十五日火曜日 一言 「あがるはなし」
昨日は割と真面目なことをかいてますが、後輩達にお祝いされたあと、三人で軽くイタリア料理を食べに行って、そこで学位記を店に置き忘れるという体たらくでした。

お店の人が走って届けてくれて、渡されて、ぐんにょり。
秘密にしておきたかったけれど、ある意味カウンターを取るためには情報公開です。アカウンタビリティー。

いつだって、真面目なことを考えるとどこかが抜けるのですよ。
へらへらへら。

で、卒業式の次の日の今日はさっそくアルバイトでした。

最近、ディスガイアのせいで寝不足で大変なので、普通に大変だったです。
そろそろ、クマがごまかしきれない。

その上、今日も夜更かし。

あと、昨日、起きれなかったという理由で卒業式に出なかった上に普段着でのこのこ現れたこの人や、スーツ着てきたくせに水道橋にチケットの払い戻しに行っていて卒業式に出なかったこの人は、猛省しるー!

ってわけで、またディスガイアにダイブしてきまあーす。
二十六日水曜日 一言 「打ち合わせげ」
今日は映画「イマニモ」の打ち合わせっぽい用事で新宿までレッツゴー。

ですが「原作者」という位置はスンゲー微妙でした。
やっぱり、一度手を離れたらそれはもうパッキリ人に任せるべきだなあ、とか思ったり思わなかったり。

というわけなので、今後は作る側への口出しやお手伝いなどはなるべく控えて、無責任なまでに完成を待とうかと思いまーす。
ガンバレアト吉くん

巡回しているサイトが閉鎖される瞬間というのは、いつになっても慣れないものですね。

日記が短いのは、別にディスガイアにはまりすぎてヤバイというわけではありません。
違うよ。

違うったら!
二十七日木曜日 一言 「栄光の終焉」
ノオーッ!

麻雀をしてきたのですが、かなり久方ぶりに負けました。びりっけつ。
面子はあかブーくん、カイタルくん、A女史、僕、の四人です。
一番勝ったのはパチンコ屋のことを「パチ屋」と略して表現する、いかにも「それっぽい」A女史です。
それもがっつり、ごせんえんくらい負けちった。

んげーっ!

ホントにダメダメでした。
いつかくるくると思ってた「払う日」が来てしまいました。
もう不敗神話とか粋がってはしゃぐことなく、地味に草のように生きていこうと思います。

というか、いつかリベンジする。

負けてお金を払うだけならまだしも、またもやあかブーくんと無謀な賭けをして負けてしまったので、近いうちにある企画を行わなければなりません。

その名は「ヤオイ一直線」。

…。
どうすりゃいいのよこの思い!オーオー!マリア!オーオーオー!マリア!
というか、真剣に何すりゃいいのかわからんので思案中です。がんばってやるけどさ。

でもって夜は夜で四国の人から電話がかかってきて、またもやワタクシが向こうの家に行くことになりました。
ホントはあの人がこっちに来る予定だったのですが、なんか急に仕事が入ったの入らないので動けなくなったそうなのですね。

眠いのと空腹と寒いのとでぐらぐらする脳味噌で、わかりました行きますから家を片付けて置いてください、なんて言いながらぱったりと倒れて寝ました。
二十八日金曜日 一言 「キャッチボオル!」
弘兼ラブの人が引っ越してしまう前に、是非いっぺんキャッチボールして遊ぶべえ、という企画で、本日はキャッチボールです。
参加者はラブの人とA女史、僕。三人会。
金曜の昼間から遊べるのは暇人だけですね。んひひ。暇人がそろうことに一抹のダメ感も漂いますが、キャッチボール自体久しぶりなので楽しみです。。
張り切りますよ、張り切りますよォ!

ですが夜九時には僕、横浜発の夜行バスに乗るのですね。おそろしい。
いやー、なんて唐突なんだろう。自分でもびっくりです。

は、はやく家の掃除して、荷物まとめねえと!ま、まとめねえと!

っちゅわけで、関係者各位ごめんなさい。
4月3日か4日まで、四国に行ってきます。四国でマジ主婦とかしてきます。

掲示板は二日に一遍くらい、外の端末から見るつもりでいますので、なにか火急の用事などありましたらそちらにどうぞ。
メールは見られませんのでそのようにおねげいします。

で、キコニア・ボイキアナの更新を。

来週、帰ってきての更新で多分完結させると思います。
そのときには軽くあとがきなんかも加えてみようかなあとか、思ったり思わなかったり。
二十九日土曜日 一言 「四国の空気が」
なんだか、前に通ったのと違うルートで四国に到着したみたいでした。
珍しく朝方眠ってしまったので、肝心のあたりを見逃したのだけれど、明石大橋を通った模様でした。
今までは瀬戸大橋を通って、坂出、高松の順に止まったのだけれど、今回は高松、坂出、丸亀の順に止まってます。
ていうか目が覚めたら「間もなく高松です」と言われてかなりドキドキしました。
すわ、乗り過ごしたか!みたいな。

僕が朝方眠ってしまったのは、先日卒業祝いに後輩から頂いた「マターリくん」のおかげです。
アレって、椅子にすわって首の横に乗せるとすんごい枕っぽくなりますね。
もうびっくりするくらいに安眠。

で、横浜から乗車したのですが、消灯までの時間で昨日A女史から借りた「るきさん」(高野文子/ちくま文庫)を読んでました。
最初は、絵がヘタウマ(死語)というか、なんかサブカルっぽいなあ、とか思ってましたがなかなかどうしてコレがまた素敵です。
慣れると線が、絶妙なんですね。なんか愛らしいのです。
むろん話の内容も素敵なのですが、まず、線ですやね。素敵だ。
主人公のるきさんと、友達のえっちゃんのお話なのです。るきさんは在宅勤務で薬価点数票の計算だとかなんだとかをしている人で、一ヶ月分の仕事を一週間で済ませて、残りの日々を優雅に暮らしているのです。
ほとんどどの話も見開きで完結。
僕、短く話をまとめるというのは才能だと思っていますので、リスペクトでした。
終わり方もいいしね。

と、ベタ誉めです。
ちなみに、「かよわいわけではけっしてないのよ」の話と、「お肉いかがですか」の話が面白かったです。
んもう、ばっちり。

蛇足のようですが。
あずまんが大王、を絵がかわいらしい、という理由だけで読んでいなかったアニオタの皆様には、オススメです。
三十日日曜日 一言 「自由と」
昨日着いて、久しぶりに会う四国の人とお喋りをしたりごはんを食べたりしてました。
フツーの生活です。
ちなみにメニューは、あさり尽くし。
あさりが食べたくて仕方なくなった僕の仕業です。味噌汁に、炒め物にと大活躍。
昨日炊いたというご飯を片付けねばならなかったので、あさりご飯だけは出来ませんでした。

と。
今回も家主は仕事に出かけてます。今日は午後からだったらしいので、午前中はしばし、だらだらしたり。

僕はといえば、家主を見送って、昨日やりのこした家事などをソツソツしつつ、テレビをつけたりお昼寝したり。
新聞を見ると「噂の東京マガジン」が最終回、とか書いてあって、びっくりしてチェックすると、別に最終回ではなくってぐんにょり。
地方局って、こういうことがあるのかあ。

ともあれ、はまぐりの潮汁の作り方なんかを学んだのでそれなりによかったです。
今度挑戦だ。

スーパーマルナカに買い物に出て、食材をもって、善通寺の前の道を南に向かって歩いていると、向こうの山に雲が見えました。

卒業式で感じたのと同じ、不思議な感じでした。
本当なら僕はあの山も雲も、スーパーマルナカもこの近くのたこ焼きのお店も、観ることも知ることもなかったのだとそう思うとまったく不思議でした。
今日、僕は、全て受動敵に生きていた場合の人生(そんなものを仮定すること自体がある程度ナンセンスなのだけれど)では関係のなかった場所に立って、生活して、この一日を終えるのだと思うと身がすくむ思いでした。
自由が僕を満たしていました。
まったく衝動的に僕は背骨を鷲掴みにされたような心持になりました。
それは、開放感ではありませんでした。混じりっけなしの、自由を感じたのです。
僕はしばし立ち止まり、そして自身の重みでつぶれてしまわないように、背を伸ばして歩きました。

部屋に戻って、たまらず缶のチューハイを飲みました。
予期せぬ時に自由を味わうというのは存外おそろしいものでありました。
僕がもし、この町に根を降ろして生きようと願えば、この知らぬ風景は僕のものとなるのです。
逆を返せば、僕が生まれ育った川崎の風景はあっという間に僕から離れ、関係のないものになってしまうということではないだろうか、と思いました。
僕が持っている知識や、地図や、経験というものは、割と僕と不可分なものではない、というのはおそろしい思いでありました。
身ひとつ、という言葉の意味を知った気がしました。
自由というのは、慣れないうちは少し、毒が強すぎるようだと思った次第であります。

根無し草。ふうらふら。
三十一日月曜日 一言 「小説について」


お弁当を持って、ひとりで山をのぼる。
「頂上まであと1000M」だとか、そんな標識を見ながら、そういえば飲み物を持ってこなかったと気付く。
あまり大きな山ではない。
頂上に自販機などあるはずもないので、最初から飲み物をあきらめることにして、のぼる。
人の声がしない。聞こえるとしても、ずっと遠くの子供の声だ。
ひとりで黙ってのぼっていると、なんだか小さい頃の遠足を思い出した。
黙るのに飽きて、うたを歌った。

とっもだっちひゃっくにんでっきるっかな。

子供しか歌わないようなうただが、誰も聞いていないのでよい。
誰の聞いていないとは思えども、なんだか気恥ずかしくて、小声で歌いながらのぼった。
少し汗をかいた。
もう貸しを思い出せないところが多くて、ひどくいい加減にうたっていると、くねった山道の向こうから、犬を連れた中年の人が降りてきた。
すれ違う時に、「今からですか」とその人はわたしに声をかけた。
わたしはすっかりどぎまぎして、はい、とだけ返事をした。
それから付け足すように、すみません、と口の中でごにょごにょと呟いた。

いいかげんな歌でもうしわけありません。

すれちがってのち、少し、大またで歩いた。あやまったわりに、うたもうたった。

頂上はあっけないくらい、すとん、と、わたしの前に現れた。
もう上に上る道がないから、たぶんここが頂上なのだろう。別に見晴らしがあるわけではないが、北側がひらけていた。
そこから町が見えた。
善通寺の町は、思ったより町らしかった。家々が規則敵に並んでいた。
のぼるときに少し汗をかいたので、日陰を探してすわり、お弁当を食べた。
お弁当を片付けた後は、ひなたに移動してちょっと横になった。

ひなたぼっこをしながら、無責任な自由を満喫した。
何者でもない、というほどではない、帰るところのある自分が、このあたりで一番標高の高いところにいて、ベンチで横になっているのだ。
背徳的な気分のなかで、しばし昼寝。

午後になって、下山したのは午後四時前だった。
ごおん、というお寺の金を三度聞いた。
その間、やってきたのは女子大生風の二人連れ、母子、中年男性、女子中学生二人連れ、中年男性、中年男性。
こうして書き出すことが出切るくらい、山頂に訪れる人は少なかった。
砂利を踏む音でわたしはうす目を開き、まるで山頂の主のように訪問者たちをそっと見る。
そして再び目を瞑り、うとうととする。
びっくりするくらいに贅沢な午後だと思った。



山を下りながら、今度は陸上部とおぼしき若者たちとすれちがった。
はし、はし、と息をつきながら山道を走ってのぼってくる彼らはひどく健康的だった。
頂上で、背徳的な昼寝に耽溺している姿を見られなくてよかった、とほんの少しだけ、ひそかに思った。

そんなわけで、石段下る一歩、一歩ごとに日常回帰。

小説を書く、ということは生きることと一緒だなあ、と思いました。
たぶん、それほどむずかしいことではないのです。

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