ノイアは道具を信用できない
ノイアはアマゾンに生まれた。
彼女の生まれた土地にこんな言葉がある。
「道具を大切にせよ、道具を信用するな」
彼女が生まれ育った森を出たのは15の時だった。もう何年も昔のことだ。
それも好きで出たのではない。追放されたのである。
焚き火のそばでまどろみかけ、彼女は首を振った。
追放される前に森で見た予言者クラッグを思い出した。
名前を付けた投網を与えられて森を追われたのは、こんな夜だったということを彼女は思い出した。
そして、眠気を覚ますのとは違う意味で、彼女は体を震わせた。
背後の闇から、あの予言者クラッグの呪うような調子の声が響いてくるような気がしたのだ。
あの日。
若きノイアは一人ではなかった。
彼女に狩りの作法を教えるために、イーサとドミオという名の二人の年長者が引率していた。
罠にかかり、樹上に吊り下げられたクラッグは死にかけていた。
太く編み込まれた頭髪のクラッグは、もう半ば開かなくなった目で、彼女達を見つめていた。
ドミオは舌打ちをしながらクラッグを見上げた。
「こんなところにまでクラッグが出やがるようになったか」
ドミオがイーサに目線を送ると、イーサは黙ったまま投げ銛を用意した。
ノイアはそれまで一度もクラッグを見たことがなかったが、二人の会話からも、それが良くない生き物であるということだけは理解できた。
彼女は二人について罠のそばに近寄った。
すると突然吊られたクラッグが、シフ!、と叫ぶような声を出した。
ぎょっとして三人は立ち止まり、クラッグを見上げた。
「シーアがおまえに伝えることは真実でしかないだろう!」
クラッグは痰の絡んだような不明瞭な声で叫んで彼女達の方を指さした。ごぼ、と水が濁るような音がした。
「おまえは、災厄を一身に背負った者と会わなければならない」
クラッグは言葉を切って苦しそうに、ム、と唸った。
「おまえは、世の災厄のつまった箱に触れるだろう。その箱に触れることができるのは、おまえだけであろう」
彼女はその指先が自分に向けられているということを本能的に理解していた。
「おまえは、おまえの触れたものと壊れた道具によって、夜のうちに死ぬであろう」
ググ、と鳥が喉を鳴らすようにクラッグは笑った。
「シフ、シフ、ムー。おまえは呪われた子だ」
イーサは銛を投げることを忘れていたようだったが、クラッグの不吉な笑い声で我に返ったようだった。
彼の逞しい腕から放たれた銛は、直線を描いて吊られたクラッグに突き刺さった。
えぶ、と人間のような悲鳴を上げて、クラッグは体を痙攣させた。
体を痙攣させながらも、クラッグは笑うことを止めなかった。
「おまえは呪われた子だ、おまえたちはすべて呪われた子だ!」
「黙れ!」
ドミオの投げた銛が、今度はクラッグの頬を突き刺した。
クラッグはごぼごぼと泡を吹きながら、それでも最後にはっきり彼女の名前を呼んだ。
「ノイア!おまえこそが呪われた子だ!」
そして、その六日後、彼女は森を追放された。
それからもう随分が経ったが、時々考えることがある。
自分を死に追いやる「自分が触れたもの」と「壊れた道具」とは一体なんなのだろう。
追放されて以来、彼女はできる限り夜に眠らないようにしているし、暇があれば彼女は使い慣れた道具を修繕している。
仲間は彼女のことを南方生まれにしては几帳面な、慎重な女だと思っている。
けれど少し違う。
彼女はただ単に、死にたくないだけなのだ。
ノイアはアマゾンに生まれた。
彼女の生まれた土地にこんな言葉がある。
「道具を大切にせよ、道具を信用するな」