教室に戻ると、もう昼休みの終わりまであと五分という時間だった。
授業はあと残り二コマ、経済と古文だ。片方は退屈、片方は楽しい授業。
少しだけ迷って、あたしは鞄を取り上げた。
しかたない。早退。
そんな密やかな決断に燃えて立ち上がるあたしの背中に、声がかかった。
「鈴木さん、また早退すんの?」
振り返ると隣の男子だった。
少し彼の顔を見つめて、彼の名前を思い出そうとしてみた。
率直に言ってしまうと、あまり特徴のない顔。
よく見ると唇の形はとても整っているけれど、そんなこと、意識したこともなかった。
ほとんど話もしたことがなかったし、思い出した名前も確実性に欠ける。
仕方がないので曖昧に笑い、あたしは頷いてみせた。
「ちょっとね」
「具合悪いの?」
「別に」
「用事?」
なんでこんなに聞いてくるんだろう。あたしは口を曲げた。
「サボり」
面倒になって短く返事すると、彼は軽く頷いた。
「じゃあ、先生には言っておいてあげるよ」
あたしは少し呆気にとられ、彼の顔を再び見つめた。
なんだ、随分親切なやつじゃない。
「ありがと」
短く言い残してあたしは鞄を背負い、教室を飛び出す。
昼休み終了の鐘が鳴りおわる前にバイク置き場まで辿り着き、あたしはホバーを引っぱり出した。
視界の隅に誰かの、真っ赤でピカピカのAGバイクが映る。
うらやましいなあ、なんて思いながらあたしは首を振った。
別に、お金がなくて買えないわけじゃない。
買おうと思ったら最新のAGヴィークルだって、ぽおん、と買えるくらい貯め込んでるんだから。
まるで負け惜しみのように心の中で呟いてインカムを引っ張り出し、エンジンをかける。
バイクを走らせながら、あたしは回線を開いた。
「ああ、しなり、元気か、急な話で悪いな」
雑音混じりにトオマワリの声が響いた。
彼の本名は鵜飼しげる。二十代後半。モッコク発着場の主任オペレータ。独身。
鵜飼、うかい、迂回、トオマワリ。
誰がつけたあだ名だかは知らないけれど、彼にはぴったりのニックネームだと、あたしは思う。ちょっと羨ましくなるくらいにぴったりの渾名だ。
時折ざあざあいうインカムの音声が、バイクを飛ばすあたしの耳をうつ。
トオマワリの声にはノイズがよく似合った。
「昨日の夜から何だか知らないが磁気嵐がひどい、この通信も雑音がひどいだろ、聞こえるか」
「…まあね」
「それはよかった。で、とにかくその磁気嵐の影響だかなんだか知らないが、今朝から鉄ペリカンが全便欠航だ。復旧の見通しは向こう三日間、なし。噂では西の通信塔にムル喰いが出たって話だ」
「へえ」
「そんでもって俺たちの出番だ。こんな日は久しぶりだよ、モグリでも何でも構わないってんで、ザジと航太郎はフラミンゴで朝から駆けずり回ってる。正規の飛行器乗りは全員政府に召喚されちまった。ついでに言えば俺もそろそろ流れてくる荷物を捌ききれない。大変だよ、ったく」
喋りつづけるトオマワリの声は、淀むということを知らない。口を挟む隙すら、見つからない。本題からは常に遠回り。本当にぴったりの渾名だ。
けれどあたしも最近は慣れてきて、重要そうな部分を残してあとは聞き飛ばす、というスキルを身に付けた。
お陰で途中、口を挟もうと思ったのに、何を言おうとしていたのか忘れてしまったけれど、それはいわゆる一長一短だった。
「そういえばお前、学校はいいのか」
「早引けしてきた」
「そうか、すまねえな。初夢姐さんが口すっぱくして言ってたからな、高校だけはきちんと出ておくんだぞ、…っていつも呼び出しておいて、俺が言える義理じゃないけどな」
「あのさ」
「ところでお前昨日の夜何してた」
「…軌道エレベータまで飛んでたよ。でもそんなことより、仕事って」
「ブエノ、ムーティシモ・ブエノだ、しなり、丁度いい。今日はな、ちょっとした文書をトーコッタまで届けて欲しいんだ」
あたしは前方に見えてきた建物をにらみながら、何が丁度いい、よ、と少し思った。
全然関係ないじゃない。
「聞いてるか、鈴木、聞こえてるか、聞こえてたら返事、ドーゾ」
「もうすぐそっちに着くよ」
「そうか、早いな、さすがだ。さすが最速の女」
トオマワリは少し黙った。
ノイズかもしれないが、コーヒーを飲んだみたいに、ずず、と何かをすするような音がした。
この星において、飛行器が街の上空を飛ぶことは、許されていない。
理由は簡単で、飛行器も動物であり糞をするからである。
四人乗り飛行器の糞の下敷きになって死ぬという不名誉を背負い、その法律の生みの親になったのはドーワン・メーチェというノッチ出身のサラリーマンだった。
それがかれこれ三十年前。
閑話休題。
とにかく、だから、飛行器の発着場というのはどこの町でも必ず町外れにある。
町外れ、というよりもはっきり町の外、と表現した方がいいかもしれない。
家が並ぶ市街地を抜けて森を越え、大抵は丘を二つくらい越えた場所にある。
誰もが皆、空から降ってくる糞の下敷きで死にたくないと考えるし、自分の車やバイクが糞のせいでぐしゃぐしゃに凹まされるのもあまり望んではいない。
あたしは頭上に注意しながら、手早く職員専用ガレージの中にバイクを停めた。
飛行器の発着場と言っても、それほど大した設備があるわけではない。
フェンスで区切られた発着路はそこそこ広いけれど、建物なんかは、うちの学校と比べたってずっと貧相だ。
打ち捨てられたロケットの発射場みたい、というのが正しい表現だろう。
無論「ロケットの発射場」よりも「打ち捨てられた」の方が重要な表現である。
目の前の建物にあるのは、5以上の通信コードを許可された通信機器と、自社飛行器を維持するための飼料倉庫。
あとは発着場の向こう側の建物に飛行器乗りたちの宿舎や、飛行器の格納庫、整備用のドックと電磁柵のジェネレータがあるぐらいのもの。
鉄ペリカンが開発される前までは相当賑わったらしいけれど、今となっては夢の跡でしかない。
あたしは風のにおいをかぎながら、建物に入る。
やっぱり外は少し、鳥くさい。
三階の管制室までは内階段を上る。
「ちわーす」
挨拶しながら背中から下ろした鞄が、がしょん、とドアにぶつかって音を立てた。
「おう、よく来たよく来た、コーヒー飲むか」
マグカップ片手にあたしを迎えたトオマワリの顔には、珍しく無精髭がない。
あらまあ、とあたしは少し笑って彼の顔を眺めた。
「トオマワリ、髭剃った方がいいねえ」
「馬鹿、ほっとけ、それよりもコーヒー飲まないか、なあ」
トオマワリは照れたように鼻に皺を寄せる。
横目でコーヒーメーカーを見ると、なんだか煮詰まったような色をしているのが見えた。
いらないけどちょっと休む、と、あたしはソファーに座った。
「で、なにを運ぶの」
「うん、まあ、なんだ、手紙だよ、手紙」
尋ねるとなんだか口篭もってトオマワリはあたしに背中を向けた。
そして、本当にコーヒーいらないのか、と言いながら自分の分を注ぎ足しに行く。
「なに、そんなに飲ませたいの」
「いや、今日のはなかなかうまく出来たからさ、自慢したいんだ」
「煮詰まってるような色してるけど」
「いいや、いや」
歯切れよく言ってカップにおかわりを注ぎ、トオマワリは勢いよく振り向いた。
「そんなことより、腹減ってないか」
「…さっきうどん食べた」
「そうか、そうかそうかそうか」
あたしは、ぐう、と顎を下げて、何だかおかしいテンションのトオマワリをにらむ。
「なんだよ、なんだ、何怒ってるんだ」
「怒ってないけどさ」
あたしは言葉を切って鞄をおなかに乗せた。
「今忙しいんでしょ、とっとと用事片付けて、自分の仕事に戻った方がいいんじゃないの?」
「確かに。一理ある。その通りだ」
まるで指揮者みたいに頭を振って機器の間を縫い、彼は一通の手紙をオペレータコンソールの上から拾って来た。
「これが、トーコッタまで届けて欲しい手紙だ。手間賃はいつもどおり、一便分」
上品な茶色の封筒に、蝋で封がしてある。なんだか高級そうな手紙。
「なに、これ」
「手紙だよ、見て分からないか」
あたしはつまらない冗談に応じている暇はない、という顔をして見せた。
手を振ってトオマワリが頷く。
「金持ちの道楽なんだ」
「道楽?」
「しかもお前、御指名だぜ。なんかやったのか?」
「御指名?」
「コウノトリに乗った女、って言ったらこの辺でお前しかいないだろ」
「何言ってるか全然判らない」
あたしはため息をついてソファーに体を預けた。
あのさ、とあたしは少し剣呑な声を出した。
「今日は、幾日かぶりに母が帰ってきてるの。夕食までには家に帰り着きたいの」
「お、そうか。そりゃいいな」
「今からアジトまで行って出発する準備整えるってなると、そうのんびりしてられないのよ。だってトーコッタまで、近いって言っても往復で三時間はかかるじゃない。今、一時過ぎだよ。…もたもたしてたらすぐ夜になっちゃう」
「辛いな、二重生活は」
「べつに辛かないけど…って、だから、言葉遊びしてる暇はないですよ、って言いたいの」
トオマワリはなるほど、と両手を上げた。
「じゃあ、今日はこの発着場を使えよ。それで何時間か節約できるだろ」
あたしは彼の顔を見る。
「…いいの?」
それは単純な疑問だった。
実は、あたしは飛行器操縦の免許を持っていない。免許は二十歳にならないと取れない仕組みなのだ。
おまけにヒューヴァーパイヴァーは無認可の飛行器。
どちらも正規の発着場で面倒を見るには少し、問題がありすぎる感じではある。
普段、なるべくここに寄航しないようにしているのは、そういう理由からなのだった。
パトロールの青ハイタカに見つかったら、最悪営業停止なんて事態にもなりかねない。
青ハイタカというのは、自動巡回式の自律飛行器である。
森の近くの街には、必ず何器か配備されているいわゆるパトロールカーだ。
トオマワリはあたしの視線を遮るように大袈裟に手を振った。
「まかせろったらまかせろ」
「何よ」
「なにせ鉄ペリカンが欠航するなんて何年ぶりだからな、中央ポートの方に飛べる器体は大体駆りだされてるんだ。青ハイも例外じゃない」
あたしは口をあける。
「つまり、だ。この町に残ってる青ハイ程度だったらどうにでもなるってことだ。そんなバカみたいな顔するなよ、しなり、お前が発着場使える機会なんて滅多にないんだから、もう少し嬉しそうな顔したっていいじゃないか」
大体お前が免許取らないからそんな面倒くさい、と、流れるように続くトオマワリの口上を聞き流しながら、あたしは天井を見上げた。
発着場にヒューヴを降ろせるということは、久しぶりにメンテナンスが受けられるということだ。
「ちょっと、家に連絡入れてくる」
あたしはトオマワリの言葉を遮り、端末の入った鞄を掴んで表に飛び出した。
こんな思いがけないタイミングで、発着場を使えるなんて。
人生どこに何が転がっているか、本当にわからないものだ。
大きな窓のあるロビーで背もたれのない椅子に座り、あたしは自宅にダイヤルを回す。
壁にかけてある時計の時刻を睨みながら、帰宅予定時刻を考えた。
現在時刻は約一時半。
なんだかんだで家に着くのは六時、七時になるだろうか。
友達の家に寄るとでも言っておこうか、なんて考えながら首を捻る。
コール。続く長いコール。
「…寝てんのかあ?」
とっとっ、と、指で壁を叩きながらあたしは母の寝姿を想像した。
鉄ペリカンの旅は、なかなかに疲れるものらしいし、可能性はあるはず。
ソファーで寝こけて呼出にも気付かず、だ。
「あ」
ふ、と思い出して息が詰まった。
鉄ペリカンは今朝から全便欠航だと、トオマワリが言っていたのを思い出した。
まさか、母の乗った便も、その煽りを食らったなんてことはないだろうか。
コール音だけが、ただ続いている。誰も出ない。
不意に不安になって、まるで祈るようにあたしは端末を握りしめた。
「ちょっと、家にいてよ」
呟きながら時計を睨む。さっきと変わっていない時刻に苛立つ。
「もしもし、鈴木です」
緊張の壁がつん、と破られるように端末から声が聞こえた。
留守録用の声ではない。
「わっ」
あたしはうっかり声を上げた。
「…しなり?…どうしたの、変な声だして」
「お、お母さん、家にいるの?」
「寝てたわ」
あくび混じりの、のんびりとした返事。
小さい声で、こんなによく寝たの久しぶり、と母は呟いた。
「しなり、今どこなの?」
「…学校」
不意の切り返しに短く嘘をついて、深呼吸をする。気持ちを落ち着ける。
余計なことを色々考えていたせいで、言おうと思っていた言い訳が喉につかえた。
あたしは、す、と息を吸って胸に手を当てる。
「あのね、お母さん。今日あたし、友達の家に寄って帰るからちょっと遅くなるよ」
「あら」
「七時か、八時頃になると思う。でも晩御飯は一緒に食べようよ。あたし、作るから」
「いいわねえ」
「それじゃ、後で」
なるべく質問されないうちに回線を切って、あたしは大きく息をついた。
よく考えると、帰る予定の時間を少し遅めに言ってしまってことに気付いた。
けれど、そのせいで急がなければならなくなるわけでもなし。
後は仕事を片付けて、夕食までに帰るだけだ。
「さあ、いつもどおり今日もぱぱっと済ませるかあ」
あたしは端末を傍に置き、伸びをしながら窓の外に広がる発着場を眺める。
翼の音高くヒューヴが発着場に到着したのは、それから数十分後のことだった。
慣れない場所と磁気嵐の影響で、だいぶ迷ったみたいだったが、トオマワリの誘導と信号灯のお陰でどうにか辿り着けたようだった。
それほど時間に余裕があったわけではなかったが、点検だけはしてもらうことにした。
搬送用のカゴットにヒューヴを乗せ、運転してドックへ向かう。
ドックはこの発着場の外れにある。
外れと言っても管制棟から歩いて十分もかからないのだが、とにかく少し遠い。
「やあ、しなりさん、珍しい」
灰色のつなぎを着た桑納さんが、ドックの入り口であたしとヒューヴを迎えた。
桑納さんは、かれこれ職歴五十年だとか六十年だとか。このポートの飛行器乗り皆から尊敬されている、ベテランメカニックである。
桑納さんの物腰は常に温厚だが、飛行器のことになるととても厳格だ。
単純に言うと、怒るとこわいのである。
桑納さんを尊敬する癖に皆があまりドックに寄り付かないのは、そこに原因がある。
叱られるのがこわいのだ。
だから、器体やユニットが傷むギリギリまで、パイロットたちはドックによりつかない。
まるで汚した服をベッドの下に隠す子供みたいで、その手の話を聞くたびに、ちょっと、笑ってしまう。
かく言うあたしも、桑納さんの前に立つと自然に背中が伸びる。
やっぱりすこし、緊張しているのかもしれない。
あたしはカゴットから降りて、御辞儀をした。
「ご無沙汰してます、桑納さん」
「ご無沙汰です。すこし、背が伸びましたか」
「いえ、伸びたのは髪ばっかりで」
言うと、赤い線の入った工員帽を斜めにかぶりなおして、桑納さんは笑った。
「そういえば、前にお会いしたときは少年のようでしたね」
その表現に、どうやらあたしは難しい顔をしたらしい。
桑納さんはあたしの顔を見て、失敬、と短く謝った。
「急がれますか?」
「すこし」
「じゃあ、急いで点検だけ、済ましちまいましょう」
飄々とした感じで桑納さんはヒューヴを見上げた。
「いつ見ても、よい鳥ですねえ」
眩しいものを見るように、桑納さんは言った。
あたしはドックの脇に積んである古タイヤに腰掛けながら、ヒューヴの点検が終わるのを待った。
ここのところ僅かにハッチの留め具の調子が悪いような気もするが、ヒューヴ自体は栄養状態もいいはずだし、枢房のバッテリーもまだ何年分かは余裕があった。
ほんの少しだけ、点検の結果を心配しながらあたしは足をぶらぶらさせた。
心配だといっても何ができるわけでもない。
することがないので、トオマワリに渡された手紙を、鞄から引っ張り出した。
封蝋の家紋はポピュラーなものだ。別に不審な点はない。
ただ、鉄ペリカンが欠航しているこのタイミングで、わざわざ送らなければならない手紙なんて、あたしには想像もつかない。
あたしのところに入ってくる手間賃から原価を計算しても、高すぎる郵便だ。
無駄だと思いながら封筒を透かして目を細め、トオマワリの言葉を口の中で繰り返してみる。
「金持ちの道楽、あたしに御指名…」
考えたが、答えなんて出る筈もなかった。
仕方がないのであたしは考えるのをやめた。
そうこうしているうちに点検が終わった。
時計を見ても、まだ三十分も経っていない。さすがは桑納さんだった。
あたしは振り返って桑納さんの肩越しに、ヒューヴへ手を振った。
「乗用ユニットの金具部分が少々傷んできておりますが、その他に問題はないようです」
「あ。あのハッチの留め具のところですか?」
「ええ。裏側が、少々」
桑納さんの点検が自分の見立てと同じだったことに、訳もなくあたしは嬉しくなった。
「乗器の把握をする、というのはよい飛行器乗りの証拠です」
桑納さんが微笑む。
あたしは照れながら頷いて、ヒューヴを見上げた。
ヒューヴは何も判らないような顔で、羽の毛づくろいをしている。
「時間があるのであれば、先に修繕を済ましてしまいますが」
「あの」
あたしは、また少し背筋を伸ばした。桑納さんが工員帽の下からあたしを見つめる。
軽く口篭もって、急ぐので帰ってきてからの方が有難いです、と、あたしは言い訳めいた口調で言った。
叱られるかと思ったが、そうですか、と桑納さんは軽く頷き、行ってらっしゃい、と帽子をとっただけだった。
「行ってきます」
あたしは勢いよく御辞儀をして、三時間くらいで戻ります、と続けて言った。
桑納さんは再び軽く頷き、ヒューヴの顔を見上げて何かを目で合図した。
まるで、桑納さんとヒューヴの間に、何か秘密の取り決めでもあるみたい。
ヒューヴは桑納さんの視線を受け止めたように、毛づくろいを止めて嘴を鳴らす。
あたしは少しおかしくなって、少し口元に力を入れた。
なんだか、桑納さんって、時々かわいい。
そんなことを考えているなんて悟られないうちに、それでは、と短く言って、あたしはまるで回れ右のようにぎごちなく桑納さんに背中を向けた。
離陸用の滑走路で、あたしはヒューヴと一緒にトオマワリからの通信を待つ。
今ごろ管制塔では、彼が付近の空域をチェックしているはず。
ユニットから上半身を出して、あたしはあたりの風景を見た。
ゴーグル越しの風景は、ほんの少し暗色がかかって見える。
「半人半鳥の身なればこその」
再び古文の教科書のフレーズが口を突いて出る。
きっと、あたしの姿は鳥の背中に寄生した妙な生き物のように映るのだろう。
赤茶けた風景、古びた建物、大きなアンテナ。
ノイズ混じりにインカムが唸った。
「しなり、聞こえるか、聞いてますかドーゾ」
トオマワリの声だ。
「聞こえてますドーゾ」
「どうだ、緊張するか、ナビ付きで離陸するなんて久しぶりだろ、え?」
「全然。いつもと同じよ」
「えー、進路クリア、障壁クリア、いつでも発てるぜ、ドーゾ」
「了解」
あたしはヒューヴの首に手を伸ばした。
「行って」
囁くような声でもヒューヴには伝わる。
ばさ、と大きな音を立てて翼を広げ、その場で羽ばたく。
ぐっ、とまるで何かを飲み込むようにあたしたちは空に舞い上がる。
離陸する瞬間の感覚は、いつも新鮮で、魅力的だ。
あたしは振り返り、管制塔にいるであろうトオマワリに大きく手を振った。